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まえがき―――現況

 「中山間地域」というのは、農林統計の地域区分のうち平野の都市や大農地帯を除いた、山村とそこに至る中間地域をいう。およそ北海道の中山間地域とは、中規模河川の河岸段丘に沿った細長い農地帯・集落・街などからなる地域で、通常ヒグマの生息地である山に深く切れ込んでできあがっている。ヒグマの生息地に囲まれた地域とも表現でき、対策を合理的におこなわなければヒグマによる農作物被害を避けるのは難しい。もちろん、中山間地域の奥手に観光エリアを作っても、同様にそれなりのヒグマ対策・野生動物対策が必須となる。
 中山間地域には過疎化に歯止めをかけられない地域が多く、活性が落ちた地域では耕作放棄地・手入れのされない里山の植林地などが増えヒグマにかかわらず野生動物とヒトの問題も高じている。道庁曰く「これら中山間地域の農業は、傾斜地が多い等の生産条件の不利性と生活環境等の定住条件に恵まれないことから、担い手不足による農業生産活動の停滞や地域社会の維持の困難化に直面している状況にあります」とある(北海道庁Website農政部)。

 農業上の生産条件の不利というのは、まず積雪や気温の厳しい気象条件があり、次いで傾斜地が多く大規模な平地をつくれないこと、さらに大型ほ乳類・シカクマによる農作物食害があげられるが、北海道庁が名指しで「生産条件の不利」とか「生活条件等の定住条件に恵まれない」という表現を公然と使うくらいなので、中山間地域で農業を営んでいる農家自身、広大な十勝や道東の平野部の農業を羨み、一種のコンプレックスを根強く持っている場合が多い。その不利で恵まれない地域で頑張っているところに、案の定四方八方からシカやクマが降りてきて農作物を食べたりするので余計に「クマ憎し」「野生動物憎し」の感情ばかりが膨れあがり、冷静になって合理的な農業にシフトする機会を失っている面も少なからずある。結果、ヒグマ対策でも開拓期からの捕獲一本槍に固執し農地の作物被害の解消が不能状態に陥りつつ、あまり意味のないヒグマ捕殺を毎年延々続ける残念な現状がある。

 私自身、北大雪山塊の中山間地域・丸瀬布の奥に18年ほど暮らしてきたが、道庁言うところのいろいろな不利や恵まれない生活条件というのは身に染みてわかっている。私自身は、農家自身が「こんなとこ」と揶揄とも卑下ともつかない口調で言う山岳と自然・野生動物に囲まれた場所が好きだからいいものの、一般的感覚では道庁の評価が普通だ。都市部との経済格差・教育格差・文化格差といろいろ言われるが、その中で暮らしに合理性が担保されなければ混沌として疲弊するばかりだし、今世紀に入ってからは、日本ばかりでなく世界的に「エコの時代」「共生の世紀」と言われるご時世にそれでは、あまりにグローバルスタンダードとかけ離れる。現在のグローバルスタンダードが理想だとかそんなことは思わないが、文化的に取り残された状態はあらゆる点で好ましくない。工業・サービス・通信・エネルギーなどほかの産業はこの50年でも時代の変遷に沿って確実に進歩し、今や環境問題を無視しておこなうスタンスなどあり得ない。その中で農業のみが100年前の捕獲一本槍にしがみついている様は、むしろ切ない。なんとかしたいが、具体的な方法はあるのか。

 じつは、ヒグマの被害はだいたいこうすれば防げるという技術・方法論は現在までにだいたい確立されている。2005年、私が江差の道南野生生物室(環境科学研究センター)を訪れたときには、すでにヒグマ用の電気柵・バッファスペースの検証がおこなわれ、確か岩手大学ではデントコーンの代替作物ソルガムの実証テストがコストパフォーマンスを添えた形で終わっていたと思う。私は、道南野生生物室のフィールド視察において学んだことを5年間説得を続け丸瀬布の「いこいの森」にほぼそのままの形で移入したが、その点において単なる伝道者に過ぎない。岩手大の成果であるソルガムに関しては、当時丸瀬布ではまったく見向きもされなかったし、いまもトライする兆しさえない。ただ、2017年現在、ヒグマによる被害が高じている地域のうち、先進的な市町村ではソルガムのテスト導入までは進んでいる。とにかく、農業被害防止のヒグマ対策では被害をほぼゼロにできる技術・方法がかなり前から出揃っていて、その改良も年を追うごとに進んでいるのだ。

 前項で述べた通り、農地の作物をはじめゴミステーション・燻製小屋・家庭菜園・養蜂箱など、食物をヒグマが食べに来る場合、その防除方法は現実的にクマ用の電気柵一手に限られる。その効果を磐石にするための補助策としてバッファスペース(緩衝帯)があると理解してもらっていい。その防除をきっちりおこなったにもかかわらず侵入して被害を及ぼすクマに対しては、捕獲も許可される。これは環境省告示2号(根拠法・鳥獣保護法)に端を発し、北海道の指針「鳥獣保護事業計画書」にも踏襲して書かれた一種のルールだ。つまり、「防除or駆除」という並列ではなく、ヒグマ対策ではあくまで防除が駆除の優位にあり、防除という手段を講じたにもかかわらず被害を受ける特殊な場合に限り、駆除という最終手段を用いることができる。北海道にはそのルールがまったく守られていない市町村が存在するが、何故そういう事が容認されてきたのか、私にはわからない。恐らく談合問題を同じ構造で行政の怠慢も大きく加担していると思う。


 さて、餌付けタイプのメインである農業被害関係のヒグマ対策では「防除と駆除」があるので、それぞれ書いていこう。ここに書くことは、家庭菜園・養蜂箱・ゴミステーションなど、ヒグマの食物を守る方法として同様に効果がある。


ヒグマの防除

 現在、ヒグマ対策で「農地の防除」といえば、メインは「クマ用の電気柵」を指す。「クマ用の」というところが肝心で、どんな野生動物にも利く簡単な電気柵というのは存在しない。シカ用の電気柵を張って「クマの防除をしている」と言い張っても通用しない。キツネならキツネ用、シカならシカ用、そしてクマならクマ用。北海道は比較的単純でいいのだが、本州の場合、最も防除が厄介なサルやらイノシシもいるため、電気柵の形状は非常に工夫を凝らした複雑なものになる(左図:シカ・クマ・イノシシ・サル用/長野県)。

 北海道でクマとの軋轢の主になっているデントコーンでいえば、それを食べに来る動物はシカ・クマに加えてエゾクロテン・キタキツネのほか、デントコーン畑内のトレイルカメラにはエゾモモンガまで写ってくるが、経済被害が甚大になるのはシカ、周辺の危険性が上がってしまうのがクマなので、シカとクマの両方に利く電気柵というのが必要なエリアが多いだろう。危険性というのは、もちろんその地域全体のリスクマネジメントもあるが、その農家自身、クマが入ってエサ場となっているかも知れないデントコーン農地の裏側に回り込んで電気柵のチェックやメンテナンスなど恐くて到底できなくなる。実際に農地裏に回り込んで中途半端に張った電気柵のチェックをしている最中に、飛び出してきたヒグマに攻撃され怪我をした例もある。特に視界の悪いデントコーン畑に電気柵を張る場合、シカと同時にクマを防がないと十分安全かつ効果的に運用できない。

 シカしかいない地域でクマを防ぐ電気柵を張るのはナンセンスだ。しかし、シカクマが両方いる地域でシカのみに利く電気柵を張るのは、じつはそれと同じほどナンセンスである。
 上述したように、電気柵のメンテが十分できなくなってせっかくの電気柵が単なるヒモになってしまうことに加え、シカ用の電気柵やメンテ不足の電気柵がヒグマに対して電気柵を越える方法を効果的に学習させてしまうからだ。周辺にクマが生息する地域でシカ用の電気柵を張ってしまうと、遅かれ早かれクマによる柵下の「掘り返し」が見られるようになるだろう。そうして電気柵を越える方法はそのエリアのクマの中で広がっていき、徐々に頻発するような事態に陥る。その地域の人が全員大のクマ好きでクマがうろつく場所に暮らしたいのならそれも合理的な方法だが、もしクマを遠ざけて暮らしたいのなら、わざわざクマに対して「電気柵は掘り返せば楽勝で中には入れますよ」と教えてから防ごうとするのが、ナンセンスと言った理由だ。どうしてシカ用の電気柵がクマに対してそんなことを学習させてしまうかは、このページを読み進めると解ってくると思う。


クマ用電気柵の基本形
 基本形で通常は被害をほぼなくせる。ただし、何年間かシカ用の電気柵やメンテされない電気柵を漫然と張り続けてきた地域では、ヒグマは「掘り返し」で電気柵を越える学習をしている可能性があるため、基本形にひと工夫する必要がある場合がある。

      

 細かいノウハウはあるにせよ電気柵の原理は特に難しいことはなく、高電圧を発生させる電牧器と電気回路からなる。電牧器がこのシステムの要で、高圧のパルス電圧を発生させる装置である。電牧器の+極は電気ワイヤーにつながれ、-極は地面にアースされる。ワイヤーを支えるポールは原則的に絶縁体でできていて、ワイヤーと地面は絶縁状態にある。つまり、ワイヤーと地面の間には電牧器の発生する高電圧がかかっていることになり、例えばヒグマがここに鼻で触れると「電牧器+→電気ワイヤー→ヒグマの鼻→ヒグマの手足→地面→電牧器-」という経路で電流が流れる。電牧器のパルス電圧は高いが電流が小さいため、バチッと刺激にはなり痛みは感じるが、細胞を破壊したりヒグマを殺傷したりすることもない。これが電気柵の概要だ。

 この図を見て「こんなのでいいの?」と疑問に思う人も多いだろう。高さがたったの60㎝、人間がまたいで越えられるほど低い柵。だが、農地や家庭菜園のヒグマ対策ではこの3段の電気ワイヤーで十分機能する。
 ヒグマというのははじめて見る異物に対しては、ほとんどの場合鼻を突き出してニオイを嗅ぎに行く。シカと異なり飛び越えようとか、体当たりで強引に突破しようとかは基本的にしない。

(右写真の電気柵テストの経緯・概略については、画像をクリック)

 じつは、2005年に道南で見た電気柵がこのタイプで、甘い香りの漂うリンゴ園の防除に使われていた。採用されていた電気ワイヤーは視認性の高いリボンテープだった。
 視察には偶然北欧のスカンジナビアヒグマ保護管理計画のプロジェクトリーダーを務めるスウェンソン氏(John.E.Swenson)が同行していたが、その彼でさえ「こんなものでヒグマが防げるなんて信じられないことだ」と驚嘆していた。ざっと周辺を歩いて見て回ったところ、確かにリンゴ園にはまったくクマが近寄って物色した形跡さえなかったが、「そもそもこの周辺にはクマがいないのでは?」と本気で疑った私は、翌日、独りでその裏山にクマの調査に入った。入ってしばらく進んだところで簡単にヒグマの痕跡を発見し、いささか愕然としながら「たった三本の電気のヒモでクマが防げる」ということを思い知った。

クマ用電気柵のキモは「最下段」
 クマ用電気柵のポイントはとにかく最下段の高さにある。最下段と地面が20㎝以上離れているとヒグマの「掘り返し」が起きる可能性があり、最下段を高くすればするほど柵下を掘り返して侵入するクマは増える。私たちが立った視線でざっと見ただけでは20㎝も30㎝も大差無いように見えるかも知れないが、実際にその前まで来たヒグマにとってはそれが大きな差となって心理に働き、結果、越えるのを断念しUターンするか掘り返しを試みて入ろうとするか、その差になって現れる。これはものすごく大きな差だ。例えば、最下段と地面の距離を概ね20㎝で張っていたとしても、1ヵ所窪地があって30㎝になってしまっていたら、あきらめの悪い個体のうち一部はそこを見つけ侵入したりする。その際、電気柵下の地面を少し掘って越えるかも知れないが、その一度の経験から「電気柵→掘れば入れる」と学習してしまうのだ。
 写真は、非常にきっちり張ってあるシカ用の電気柵だが、クマに対しては効果が十分得られない。「中には運良く止まるクマもある」程度だ。

  
 ↑シカ用の電気柵では、このようなクマによる掘り返しが発生し、周辺の山にヒグマが多く生息する中山間地域などでは徐々にヒグマ全体にこの方法が広まってどうにもならなくなる。箱罠を軽率に使っている地域では、この手の常習グマは箱罠を警戒しかからなくなっている(=trap-shy)可能性も高く、「掘り返し」と「trap-shy」が進んで行くと、ほとんどお手上げ状態になってしまうので、なるべく早い段階でシカと同時にクマも防げる電気柵にシフトする必要がある。
※trap-shy(トラップシャイ)に関してはLINK:「箱罠のリスク(hakowana.htm)」を参照。

 右写真はクマ用の電気柵だが、地面から10㎝間隔で3本、そしてその上は30㎝離して合計の高さが60㎝になっている。10-20-30-60㎝の一重4段張りだ。人間感覚では上が頼りなさそうに見えるだろうが、実際、この電気柵で毎年ヒグマを完全に防いでいる。下の3本がヒグマにとっては強烈で、ここに来たヒグマは、柵の中に仮に熟れたメロンが山積みにされていても、恐らく侵入を断念するだろう。
 実際は、一度この電気柵の前に来たクマは、ここを自分のエサ場から完全に外してしまうだろう。結果、電気柵を張って2~3年も経つとこの周辺にクマがうろつき回ること自体がなくなる。


クマと電気柵
 しっかりメンテナンスの行き届いた電気柵がシカに対して効果的だということは道内各地で実証され、手応えを感じている農家も多いだろう。では、クマとシカではどちらに電気柵は利きやすいだろうか。なんとなく、クマのほうが頑丈にできていて利かなそうな気がするが・・・
 じつは、シカとクマの身体の構造に秘密があって、シカのひづめの電気抵抗があるため、仮にシカが電気柵に触れても思ったほどは電気が流れない。それに対してクマは、ちょうど人間が裸足でベタベタ歩いている状態なので、鼻付近から入った電流がそのまま身体を流れて地面に抜けていく。その時の衝撃は相当なもので、大型のオス成獣が電気柵に触れたとたん、ドサッとその場に崩れ落ちることさえある。私自身、電気柵設置作業で張ったばかりの9000Vほどの電気柵に二度も触れたことがあるが、ゴム底の靴を履いているにもかかわらず、バチッという音とともに指と電気柵の間に小さな稲妻が走ったのを見たし、肘まで衝撃を受けた。とてもじゃないが、クマのように裸足でこれに触れてみる勇気など湧いてこない。
 電気柵のキモはまさにここで、はじめて触れたときにきっちり衝撃をもらい、完全に電気柵を避けるよう意識に刷り込むことなのだ。その気になれば飛び越えることだってできるはずの電気柵に、とにかく近づきたくないとまで忌避心理を強烈に植えつける。それで、ネットフェンスが物理柵といわれるのに対して電気柵は心理柵と呼ばれるわけだが、ヒグマというのは世界数多の野生動物の中で最も電気柵が効果的に利く動物なのだ。

電気柵を張る時期
 思い立ったら吉日ということで、お盆あたりにデントコーン畑に完璧なクマ用電気柵を張って、しばらくすると農地内でヒグマの食痕が発見される場合がある。じつは、ヒグマがコーン畑の中に入った状態で電気柵を張ってしまったのだ。デントコーンは視界が利かないため、電気柵を張る際に中を十分確認できない。そして、それを知っているヒグマは、多少周りが騒がしくてもデントコーン畑の中でじっと隠れてやり過ごそうとする。これは「ようこそベアカントリーへ」で述べた例のヒグマの常套手段「潜む戦略」だ。潜んでいたヒグマがあるとき外へ出ようとする。ところが怪しいヒモが行く手を阻む。そこで鼻で確認に行ったところ、見事に電気柵の電撃をくらい、そこを越えて外に出られなくなる。そのヒグマはどういう心理か知らないが、やけくそ気味にデントコーンを食べたりするので厄介だ。
 一見マンガのような出来事だが、私自身、そういう事例を何度か確認している。意外と起こりやすいパタンなのだ。電気柵の設置は、せめて7月中旬までに終わらせるようにしよう。


電気柵のチェックとメンテナンス
 これまで述べてきた利く利かないといいうのは、あくまでそれぞれの動物に適した電気柵の設置方法で、なおかつちゃんと電牧器の電圧が漏電しないように維持されていての話である。電気柵のメンテナンスというのは概ね漏電(ろうでん)を避けるために、柵下から伸びてきた草が電気ワイヤーの最下段に触れないように刈り払うことである。草が電気柵ワイヤーに触れれば、そこを通って電流が漏電するため、電気柵と地面の電圧差は落ち、触れてもほとんど何も感じないほど弱くなってしまうこともある。同じ理由で、大風が吹いて樹の枝が電気柵に倒れかかったりすることもあるだろうが、臨機応変にチェックし枝などは取り除かねばならない。
 日常的な電気柵のチェックは左写真のような電気柵用の簡易電圧計で5秒もあれば簡単にできる。写真では11500Vを示しているが、これはかなり優秀な数値で、通常は5000V以上あれば概ねクマに対しては十分利く。ふだんのチェックでだいたい7000Vの電気柵が、ある朝チェックしてみたら1000Vに下がっていたなどの場合に、電気柵に沿って一周見て回り、原因を取り除くことになる。

 「めんどくさそうだ」と思うかも知れないが、確かに何もしないよりは面倒だろう。しかし、シカクマ両方を防ぐ電気柵の場合でも、定期的な草刈りは特に草の成長が速いお盆あたりまでに3回、そしてクマの出没ピークに向けて1回、計4回でだいたい大丈夫だろう。1町(1ha)の農地ならば一日一人を雇えば草刈りはできる。日当1万円としても年間で4万円。一方、シカが10頭で毎晩やって来る牧草地で朝獲れたシカの胃を量ると20㎏と計測されたことがある。胃や胃液が仮に10㎏を占めたとしても、このシカは牧草を一晩で10㎏食べたことになる。10頭の群れならば100㎏。それが1ヶ月続くだけで3トンの牧草の被害という事になる。クマが危険でメンテされない電気柵はシカも越えエサ場と化す。つまり、年間に4万円かけて電気柵をきっちりメンテしシカもクマも防いでしまうか、10トンとか20トンとかの飼料用作物の被害とクマがあちこちうろつく危険性を容認するか、どちらかの選択という事になる。もちろん、10町ならば電気柵メンテの効率はもっとよくなる。

補足)
 農家に「電気柵をいかがでしょう?」と提案すると、よく「うちの農地は広いから無理」という答が返ってくる。が、ホントだろうか?
 100×100mの農地が1haだが、それを囲う電気柵は100×4=400m
 200×500mの農地は10haだが、それを囲う電気柵は700×2=1400m。(1haあたり140m)
 つまり、後者の10haの農地のほうが3倍近く効率的に電気柵を用いることができ、経費的に言うと資材もメンテ費用も1/3近くで済む。おまけに、一つの電牧器で広大な農地をまかなえるため、農地が広いからこそ電気柵は有利なのだ。電気柵がだだっ広い大陸的なオーストラリアで開発され進化普及してきた理由も、じつはそこに一因がある。農地が広ければ広いほど、電気柵は張って損はない。

 ここでちょっと、よろしくない事例を紹介しておこうと思う。
左写真)これは草刈りメンテナンス以前の問題で、デントコーンに電気柵のワイヤーが絡まれている状態。最低でも2m程度の余裕を持ってコーンの作付けをおこなうのが正解だ。
右写真)30㎝間隔4段のシカ用電気柵だが、最下段が完全に草に被われてしまって電圧はやはりゼロに落ちている。せっかく張った電気柵が単なるヒモにならないようメンテだけはしっかりやりたい。
  
 
 
 遠軽町は年によって40頭以上のヒグマを有害捕獲し殺処分にしている。別に遠軽町ばかりにクマが多いとかではなく、不合理な対策の結果、単に捕獲数が多いだけで、被害のほうも治まるどころか逆に増加傾向にある。すべてを物語っているのが下の写真だろう。「防除をおこなったにもかかわらずヒグマが侵入する場合に捕獲が許可される」という環境省・北海道の告示・指針のルールを思いだして欲しい。そうしないとクマの捕獲数ばかりが無意味に増えるだけで被害が解消していかないからそういう告示なり指針なりになっているのだが、ほとんど完全に無視された状態が延々続いているのが「世界で最もクマを殺す町」と異名をとる遠軽町の実態だ。電気柵は張られているが40㎝間隔のシカ用でクマにはそもそも利かないタイプ。そのシカ用電気柵も、メンテされず草に被われ電圧はゼロVで単なるヒモと化している。農家がシカ用の電気柵を張るのもメンテナンスを怠るのも、まあ自由と言ってしまえば自由なのだが、この状態でハイハイと言って箱罠を置いてヒグマの捕獲に乗り出す行政の姿勢というのは、行政の自由では済まされないと思う。行政批判はいいとして、問題はその行政スタンスのせいで農家の被害自体がここ10数年まったく効果的に減っていないという現実。そして遠軽町自体が運営するキャンプ場の脇でこれと同じことを漫然とおこない続けて、膨大に呼んだ観光客を危険に晒している現実。そして、さしたる意味もなく殺されるクマが続出している現実。要するに、どの立場の誰にとってもいいことがない捕獲一本槍をおこない続けている。  
       

LINK:「捕獲/第12次北海道鳥獣保護事業計画書とヒグマ保護管理計画」




ヒグマの被害を防ぐ―――応用編

クマとシカの両方を防ぐ電気柵
 クマ用の電気柵は上図のように「20-40-60㎝」(一重三段張り)が基本でだいたいこれでクマは防げるが、シカの場合、視点が高いことと上を飛び越える習性があるため、簡易柵でも「30-60-90㎝」、念を入れた恒久柵では「30-60-90-120-150㎝」などの一重5段張りが採用されることが多い。では、クマとシカの両方に利く電気柵は?というと、結論から言うと「20-40-70-100-130㎝」あたりが経費もかからず合理的なラインとわかってきている。この1重5段張りの電気柵の下3段はヒグマ用、上4段はシカ用という事になるが、もし仮にすでにシカ用の5段張りを採用している人ならば、追加経費はゼロで済む。
 左写真はクマしかダブル防除タイプのひとつで、15-30-50-80-110㎝という変則的な電気柵。メンテナンスさえこのままおこなえば、ここに来たクマがいてもまず100%進入を試みずUターンする。
 シカとクマの違いは、シカの場合、多頭数の群れで大挙して到来するため被害が大きくなる。逆に言えば、30頭入っていたのが1頭に減れば十分電気柵の効果があったと評価していい。クマの場合はその農地周辺の人身被害の危険性があるため「一頭も入れない」スタンスが必要で、その点が大きく違う。


7月シフト
 現在シカ用の1重3段の電気柵を張っているが、これ以上資材経費をかけたくない場合に、シカとクマを両方防ぐ「7月シフト」と名付けた方法を書いておきたい。
 
 シカとクマのデントコーン農地への出没パタンの違いは、シカは芽出しから刈り取りまでの全期間で農地に降りてデントコーンを食べるのに対して、ヒグマはコーンの実だけを食べるため、実成りを待って夏以降に集中的に出没するようになる点だ。
 現実問題、シカ被害の深刻なのは5~6月の芽出しの時期に群れで農地に降りデントコーンの若い芽を次々に食べる状況である。一頭あたり1分間に何本くらいコーンの芽を食べるか双眼鏡を使って数えてみると、最大で20本程度。つまり、一頭あたり一時間で1200本もの新芽を食べていることになる。一日10時間農地へ降りているとすると、一日に一頭が食べるデントコーンの芽は12000本、10頭降りていれば120000本というとんでもない数に達する。細かい数字はさておき、とにもかくにも新芽の時期にシカにやられるのが最もダメージが大きいのだ。その後、コーンが生長すればシカは葉も茎も実も食べる。
 一方、ヒグマの降農地パタンは、まず7月後半あたりからコーンの実の様子見にやってくるようになり、お盆過ぎあたりから降農地が増える。受粉から40日前後で訪れる黄熟期周辺で本食いに入り、だいたい刈り取りまで出没が続く。
 そこで、最もシカによる被害が大きくなる前半にはシカ用の電気柵で確実にシカを防ぎ、クマが様子見にやって来る7月後半の直前に電気柵のメンテナンスをきっちりおこないつつ、電気ワイヤーをクマ用に下げてクマに電気柵をガッチリ学習させてクマを遠ざける。これが7月シフトだ。
 5月~7月の2ヵ月間で、シカは電気柵を学習し、ほとんどその農地をエサ場から外してしまっているだろう。7月シフトでクマ用にワイヤーを下げても、そう簡単にシカは電気柵を越えなくなっている。
 また、北海道ではお盆過ぎあたりから涼しくなっていくが、そうなると雑草の伸びるスピードがガクンと落ち、20㎝の最下段でも7月以前よりはメンテが随分楽になる。ヒグマの出没ピークが訪れる8月中旬あたりにもう一度メンテナンスをして備えれば、刈り取りまでは十分ヒグマを防ぐことができるだろう。

《年間スケジュールモデル》
  5月:コーンの種蒔き→シカ用の電気柵設置
  6月:柵下の草刈り(もしくはグリホエース・ラウンドアップなど)メンテナンス1回
  7月中旬:メンテナンス+7月シフト
  8月中旬:メンテナンス
  9月:刈り取り
※これは北大雪など寒冷気候の地域の場合のモデルだが、暖かい気象を持つエリアでは草刈りメンテナンスが4回になることもある。


ネットフェンスへの応用---トリップフェンス
 行政担当者が勉強熱心とか行政センスがいいとかで、すでにシカ用のネットフェンス(物理柵)が広域的に張られている地域もあるだろう。高さ225㎝のネットフェンスであればだいたいシカの侵入は防げていると思う。しかし、ヒグマに関しては先述した「掘り返し」に加え「よじ登り」があるため防除効果はほとんどないはずだ。特によじ登りで大型オス成獣などに侵入された場合、クマの重さでフェンスが破壊されてしまうので厄介だ。
 しかし、このネットフェンスには右図のような補助的な電気ワイヤー(トリップワイヤー)を回すことで、シカにもクマにも確実に利く防除フェンスに生まれ変わる。後述する「ビックリ突進」も起きない。上2段が「よじ登り」対策。最下段は例によって地面から20㎝以内だが「掘り返し」対策である。図中Aの最上段がなくてもほとんどのヒグマが止まるという検証結果もあるが、十分な事例がまだないため固定的に「これがいい」という形が定まっていない。ワイヤーAを張ってもメンテが増えるわけではないので、図のような3段張りをおすすめする。
 トリップワイヤー最下段のメンテナンスは、ポール(支柱)がないため草刈りは楽にできるし、高額なネットフェンスがすでに張ってあるなら、あとちょっとした電気ワイヤーの追加でクマも防げるので是非やってみたらいいと思う。。

刈り取り時期の合理化
 右図は、デントコーンの生長とヒグマの出没・被害の概略を表したグラフだが、一つの観点はTDN(可消化養分総量)だ。デントコーンのTDNが最大となるのは、いわゆるコーンの完熟期ではなく、受粉から40日前後で現れる黄熟期。その時期にTDNとともに糖度・水分が最大値となるため、ヒグマの本食いが本格化し出没が日常化するのも黄熟期近辺で、その時期に刈り取られたデントコーンは牛の食い込みもいいとされる。北大雪・丸瀬布あたりでは、黄熟期は例年8月下旬~9月上旬に訪れる。

 ところが、ほとんどの農家のデントコーン刈り取りは9月下旬~10月上旬で、率直に言うと、総じて刈り取り時期が遅すぎる。なんとなく農地に生やしておけばおくほど大きくなったり栄養が蓄えられたりするのではないか?と思うのは人情としてはわからなくもないのだが、実際はマイナスばかりでいいことなど何もない。そもそも9月の気温になるとデントコーンはほとんど生長せず水分が抜けて枯れていく一方だし栄養価も落ちる。牛の食い込みが落ち、ひいては乳量に影響する可能性もある。おまけにシカやらクマやらのエサ場となって日に日に目減りしていく。さらに秋の大風や早霜のリスクがあり、近年では北海道への台風の到来も珍しくない。それらのリスクに晒して黄熟期を過ぎたデントコーンをいつまでも農地に残しておく理由など、じつは存在していないのだ。

 上グラフのピンク色で塗った部分がクマによるコーン被害の量(額)だが、8月から9月に変わるあたりの黄熟期に刈り取りをおこなうことで9月に受けるコーン被害をまるまるなくすことができ、刈り取り時期を最も合理的な時期に適正化するだけでヒグマによるコーン被害の70~90%を解消することができる。もちろん、そうすることで9月の大風や早霜・台風など恐くもなんともなくなるので、経済的メリット以上に心理的メリットが大きいかも知れない。


ソルガムへの移行
 私が丸瀬布に電気柵の普及を目論んだのは2005年あたりだ。当時の丸瀬布における電気柵の普及率はゼロ%だったが、クマのあれこれで各地を視察して歩いた結果、北海道では今後シカでもクマでも電気柵なしに農業自体が成り立たないと確信したからだ。丸瀬布の場合特に隣接する白滝と留辺蘂でシカ用のネットフェンスが導入されていたため時期によって丸瀬布に被害が集中する可能性があったし、クマのほうも箱罠導入でどんな変化を見せるかわからなかった。もし仮に電気柵なしで農業を続けるとしても、ものすごい損害を出しながらの農業になってしまう。
  偶然、武利の集落のある農家が電気柵の導入を考えているようだったので、その彼の農地における電気柵をなんとか成功裏に終わらせようと努力した。当初、シカが電気柵を引っかけて切ったりしていたが、2年後にはなんとか軌道に乗りその彼の農地のシカ被害は劇的に解消に向かった。狭い地域だから伝わるのは速い。そこからは地域全体に電気柵が広がっていくのは早かった。それから8年後、丸瀬布におけるデントコーンへの電気柵の普及率は100%になっている。ただ、2005年段階で、私はあるミスを犯した。シカのみに効く電気柵を容認してしまったのだ。まさか、その柵がこれほど効果的にヒグマに対して「掘り返し」を学習させるとは思っていなかったし、慌ててクマ用の電気柵を普及させようとしたが、いろいろな理由が重なってうまくいかなかった。そこで、次善の策として、当時岩手大学で検証されていたソルガムへのデントコーンからの移行を考えた。
 ソルガムというのは、簡単に言ってしまえば実をつけないデントコーンであるが、その栄養価・栽培性などでデントコーンに追随する優秀さを持っていた。何より、実をつけないためにクマのエサ場にはならない。だから、キャンプ場や保育園・小学校周辺だけでもデントコーンからソルガムへの転換をできないか画策したのだが、すでに行政も農家もハンターもヒグマの捕獲に意識が凝り固まっていて、ソルガム作戦は見事に空振りに終わった。
 それから10年余り経ったが、ソルガムはその後も大学や農業試験所でTDN向上と栽培性に関して品種改良を加えられさらに好適な作物になっていて、北海道でも先進的で柔軟な発想を持っている興部町などでは、ソルガムを農家が自発的に試したりもしている。クマ用電気柵かソルガムか、どちらの普及が早く、農家のためになるかわからないが、シカ用電気柵の普及と同じ方法でもう一度トライしてみるつもりはある。きっとその価値もある。また10年遅れれば、その10年分の被害が農家一軒一軒に累積してしまう。今度は行政の普及力・指導力も借りられればいいが・・・


農地デフラグ
 PCのハードディスク内で断片化した記憶領域を整理整頓することをデフラグと呼び、それをおこなうとPCのスピードが速くなる。これは、ハードディスク内の一種の合理化だ。農地デフラグと私が呼んでいる方法は、過疎化その他で断片化した農地を、ひとまとめにして合理化を図る方法だが、こればかりは地域や近所との合意がなければできない。どこをどう整理整頓すればいいかはその地域ごとに異なるのでここでは言えないが、概要だけを記しておく。  
 まず、農地の形状は大まかに数のようなタイプに分かれる。濃い緑がクマやシカの生息している山林。黄緑が農地とする。問題は、形状もさることながら境界線の長さだ。下図では、仮に最左図「エリア対エリア型」の農地と山林の境界線を340mとすると、残りの二つ「バッドコリドー型」「逆コリドー型」における境界線は1420mとなり、つまり、4倍以上の境界線の長さを持っていることになる。原則的に、境界線が複雑で入り組んでいるということは、シカでもクマでも山林から農地に侵入しやすく、こちらからすれば防除が困難になる。


 特に中山間地域などで過疎化が進む過程で、もともと農地だった場所が離農などで耕作放棄地になり、規模はいろいろだが左図のような農地の断片化が起きることがある。分断され離れ小島になった農地は野生動物の防除がさらに難しく、労力が嵩む。そこで農地デフラグと呼んでいる整理整頓を施してみると、右図のようになる。農地の面積は同じだが、境界線が短くなり随分管理がしやすくなった。
 さらにここから上述の「エリア対エリア型」をめざして境界線の形を単純にしていくことで、農地の形状と境界線は理想的なものに近づいていく。

 土地がらみのことなので周辺地権者との合意が必要だが、残留型が増えている過疎地域などでは、お互いに協力しないとどうにもならないところまで来ている気がする。可能な限りこの農地デフラグをおこなって、できるだけ楽に被害を防げる合理的な農地整備をおこなったほうがいいように感じる。


 ちょっと休憩:たまにはいいこともある
 被害額自体が農家の言い値なのでどれほど正確なのかはわからないが、遠軽町全体のヒグマによる農業被害額が3000万円と算出された年がある。3000万円あれば、どれだけの農地整備や電気柵設置ができることか。ただヒグマを10頭か20頭殺し、ほかに何もしないで3000万円がどこかに消えたことを思うと、悔しい気持ちになった。そして、そういう額の被害を毎年延々続けて出していく農地の姿に、私はやるせない気持ちになる。私が特別貧乏性なのだろうか・・・

 遠軽町はともかく道内各地の市町村や猟友会支部からときどきフォーラムや研修・講演の依頼が来る。よほどヒグマのあれこれに困っているのだろう。その時、私はとにかく現地へ足を運んで周辺の環境やクマの生息状況・性質などを調べに入る。状況が深刻と思えば何度も足を運ぶので儲けが出ないどころかだいたい赤字になるが、研修が終わると数名の人がしゃべり終えた私のところに来る。多くは農家やハンターだが、それぞれのヒグマの間する問題・悩みを私に話し助言を求めてくるのだ。ある農家を引き継いだ若い兄弟の農地ではその年、ヒグマによって200万円の被害を受けたという。その裏山の調査は講演前にしたので「ヒグマの生息多し」ということはわかっていた。電気柵についてできるだけ丁寧に説明したが、最後には結局「いいから、騙されたと思って一度言う通りにやってみて」となる。その場の勢いで「もし嘘だったら、大雪山のてっぺんでフリチン踊りをしてやるよ」と言ったか言わなかったかはさておき、私だって道南ではじめて電気柵を見たときはにわかには信じられなかったし、本当に電気柵の効く仕組みやクマの心理をわかるには、クマばかり一生懸命やっても何年もかかってしまう。電気柵の設置が遅れれば遅れるほど、毎年被害が累積する。年間200万の被害なら、あれこれ迷わず電気柵を翌年から張ってしまったほうがいい、というのがその時の私の判断だった。
 翌年の秋になって一通の手紙とともに一箱の荷物が届いた。電気柵を導入しクマを完全に防いだ農地で収穫されたいろいろがぎっしりを詰め込んであった。ヒグマに取り組んでいて、努力や葛藤や赤字や何やらが報われ、すがすがしい気持ちになる瞬間だ。
 ライフワークとしてのヒグマの活動というのは3K(きつい・汚い・危険)に「嫌われる」「暮らしていけない」「(家に)帰れない」がさらに加わって6Kの仕事だが、たまにはいいこともあるものだ。6Kだろうが10Kだろうが、ものともせず気丈に進んでいける若者が日本にも増えたらいいなあ・・・




番外編

ビックリ突進
 これまで述べてきたのは、基本的に農作物防除用の電気柵である。初めて電気柵に触れたヒグマは、その場にドサッと崩れ落ちるか、衝撃に驚いて跳ね退くか、そのどちらかならいいのだが、中にはビックリした拍子に突進して中に入ってしまう個体がある。これは、専門家の間では「ビックリ突進」などと呼んでいるが、ヒグマだけでなくツキノワグマにもときどきあるようだ。そのように痛い思いをした瞬間偶発的に中に入ったからといって、そのクマが常用できる進入方法を学んだことにはならないので、そのクマさえ外に出すなり捕獲するなりしてしまえば、その後悪い影響は残さない。むしろそのクマは電気柵を強く忌避するようになり、電気柵を越えることを試みないだろう。その点で、ビックリ突進のクマはヒトにとって好ましい学習をした事になる。もちろん、そんな好都合な学習をしたクマなら、捕殺せず柵の外に出して周辺の山に暮らさせたほうが、その農家にとっても地域にとってもはるかにいい結果が出せるだろう。
 これまで「クマ用の電気柵はほぼ100%ヒグマを防ぐ」と「ほぼ」とつけなくてはならなかったが、その大きな理由はこの農業用電気柵における「ビックリ突進」にある。

人身被害が想定される場所への電気柵
 希にヒグマのビックリ突進が起きる事実から、少し注意を要することがある。ビックリしようがどうしようが絶対に入って欲しくない場合。例えば、ヒグマの侵入を防ぎたい場所が保育園とか人家とかキャンプ場とかの場合には、農地用の電気柵の流用では足りない。北米ではその研究もかなり前から進んでいて、キャリーハント(Carrie Hunt)やスティーブンヘレロ(Stephen Herrero)と共にベアスプレーを開発したヒグマの研究者Charles Jonkelが確か1990年代に人身被害防止用の電気柵モデルを考案している。そのモデルの主眼が、じつはビックリ突進の防止でもある。
 通常、農地の防除では電気ワイヤーにはポリワイヤーかリボンテープを用い、切断が起きないように比較的緩く張る。Jonkelモデルでは、電気ワイヤーには硬い金属でできたワイヤーを用い、それをかなり高いテンションで張る。この電気が流れる高張力ワイヤーによって、もしビックリ突進が起きてもヒグマは物理的に中には入れない仕組みだ。これに類するタイプであれば、電気柵に触れてパニックになったクマが中に乱入することがなく、人家やキャンプ場のフェンスとしては適している。北米大陸では用途によって電気柵のバリエーションも豊富で、電気柵自体の普及も進んでいる。例えば、映画『ジュラシックパーク』などでさりげなく恐竜脱走防止に用いられている電気柵はJonkelモデルに近い。
 残念ながら、日本ではまだここまでの電気柵が導入された事例がなく、キャンプ場などにも農地タイプの流用に留まっている。その場合、特に夜間ヒグマが電気柵を越えて侵入した際の対策を揃えておくことが必須となるが、電気柵に触れてビックリ突進で一度中に入ってしまったヒグマが、今度は電気柵によって外に出られない状況になるため、夜間訓練も積んだしっかりヒグマを誘導できる専門家がいないと、特に不特定多数の人が集まるキャンプ場などではややこしい進み方を避けられず、かなり危険な状況に陥る可能性がある。
 どこかで書いたが、私がベアドッグの導入に踏み切ったのは、電気柵に閉じ込められて逃げ場を失ったヒグマの追い払いに失敗したことが直接的に引き金になっていて、その時に私が持っていた追い払いの技術の弱点を克服する目的だった。もちろん「いこいの森」へのヒグマの夜間侵入を想定していたが、十分な想定と準備と訓練なしで、数多のテントが立ち並ぶ夜間のキャンプ場でそれぞれのキャンパーの安全を確保しながら、その手のヒグマを正確にコントロールし電気柵の外に出すのは、頭で考えるよりはるかに難易度の高い作業なのだ。

 Jonkelタイプ、あるいはアラスカなどで人身被害防止を視野に入れ張られた電気柵に関しては、現在整備中の「北大雪カムイの森」のミンタルの森エリアにおいて具象化をおこない、完全なベアフリー空間をつくる計画がある。




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