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Stage1:ヒグマの調査と把握~対応判断





Stage1.ヒグマの調査・把握

 映像や通信・GPSなどの機器が普及して生きている現在、ヒグマの調査は様々な機器を用いていろんな切り口でおこなえるようになっている。研究目的で特定のデータを得たい場合には一つの調査方法でひとつの論文が書けることもあるが、実際の現場のヒグマ対策をおこなおうと思えばひとつふたつの方法では到底足りず、多面的な幾つもの調査結果を考えて合わせて可能性を絞り込み、その分析・理解から注意深く対応することが必要になる。

 A.踏査
   a.痕跡調査:あるエリアのヒグマの痕跡を歩き回って幅広く探す方法
          そのエリアのクマの活動状況がわかる
   b.追跡調査:あるヒグマの移動の跡をトレースし、そのクマの痕跡をとっていく方法
          そのヒグマの性質・習性や行動パタンがわかる
   
 B.定点調査(トラップ調査)
   a.カメラトラップ:自動カメラを仕掛け、その前を通ったクマの姿を時刻とともに記録する
   b.ライムトラップ:石灰をまいてヒグマの足跡(おもに前掌幅)を採取する
   c.ヘアトラップ:バラ腺を設置しヒグマの毛を採取し、遺伝子検査をおこなえる
   d.ICチップトラップ:ヒグマの体内に打ち込んだICチップによって個体識別をおこなえる

 C.遠隔調査
   a.GPS発信器によるテレメトリ調査
   b.ネットワークカメラ
   c.ドローン
※上表でICチップトラップ、GPSテレメトリは現在羆塾では本格採用への準備段階にあり、ヘアトラップに関してはよほど特殊な問題グマが生じた場合のみ個体の同定に採用している。

 昨今の映像とGPS機器はお手軽で便利になったが、特に「A.踏査」はどれだけカメラやGPS機器が普及した時代にも最も重要で必須作業である。例えば、センサー付きの自動撮影カメラをトレイルカメラというが、トレイルカメラは現在非常に高性能で安価にもなっているため、都会の小学生でも専門家に教えてもらった場所にカメラを仕掛けておけばヒグマの写真や動画を撮ることができる。学校の友達に鼻高々で見せたり夏休みの自由研究にその映像を使うならいいだろうが、その小学生に実際の現場のヒグマ対策の判断を任せるなんていう事にはもちろんなり得ない。
 とにもかくにも、ヒグマ対策をおこなおうと思えば対応の判断が要る、判断するためにはその材料が要る、つまるところ「どのようなクマが、どこに、どれだけ、どんなふうに暮らしているか?」ということを把握するために、あれやこれやと方法を持ちだしておこなうのが対策前提の「調査」と思ってもらってかまわない。
 ただ、特に昨今増えている無警戒型のクマにによる人身事故を防止する観点では、そのクマの性質・学習度合いや方向・ヒトへの無警戒度など、かなり精度の高いクマのプロファイリング(性質分析)が必要なため、ベアカントリー(ヒグマ生息地)を確かな観察眼で安全かつ自由自在に歩き回れるヒグマの専門家が調査から対応までを担う必要も出てくることがほとんどだろう。上の調査結果に加え「それぞれのクマのどのような問題性があるか?」あるいは「放置するとどのような問題が起きうるか?」までを把握できれば、次に何らかの働きかけをおこなって問題性やその予測可能性を消す作業に移ることができるが、調査不足で対策に移っても無駄足が量産されるだけで不合理極まりない。


A.踏査
(痕跡調査と追跡調査)

 ヒグマが実際に活動している生息地内を歩き回って調査することを「踏査(とうさ)」と呼んでいるが、あるエリアのヒグマの活動を幅広く把握していく痕跡調査と、あるヒグマの行動範囲やパタン・習性などを細かく把握していくための追跡調査に大別できる。

a.痕跡調査
 一定範囲の調査エリアの中で季節に応じてヒグマが利用しそうな場所やルートを歩き回り、そこに活動しているヒグマの痕跡データをひとつひとつ幅広く収集していく調査方法を痕跡調査と呼んでいる。人里内であれば単にヒグマが侵入してきているかどうかの確認調査になるし、ヒグマの活動数が多い場所では足跡をはじめ食痕・糞などの特徴から、そのエリアのヒグマの食性傾向に加えおよその活動個体数・年齢層などが推測できる。インテリジェンスフローで述べたように学習によって変化・成長するヒグマの個性のばらつきはヒト以上に大きく、食痕・移動ルート・歩き方などが個体識別に結びつくことも多々ある。
 痕跡調査では原則的にそのエリア内のヒグマとの近距離遭遇を避けておこなうが、調査中にヒグマと遭遇した場合は一眼レフで個体識別用の写真を何枚か撮り、いろいろなやりとりをおこなってそのヒグマの反応や態度を観察しベアプロファイリング(その個体のヒグマの性質分析(後述))に生かす。

b.追跡調査
 ある一頭のヒグマの通ったあとを踏み跡・足跡・食痕・糞などをもとに追いながらいろいろを把握していく方法を追跡調査と呼んでいる。ヒグマ対策に特化して育成されたベアドッグを伴えば、鋭い嗅覚によってかなり正確に特定のクマを追うことができるが、10頭内外のヒグマが狭い空間に毎日歩き回っている場合などは、その作業も非常に困難になることもある。
 追跡調査では、当然その調査中にそのエリアのヒグマと遭遇することがあり、現認したヒグマの観察から意図的な働きかけをおこなってその個体の性質をチェックすることも含めるが、追跡調査は多くの場合、警戒心の希薄・攻撃性が高いなど何らかの問題性が疑われる個体に対しておこなうので、遭遇し情報収集をおこなった後「追い払い」によって忌避教育に進むことがほとんどである。

 狩猟で表現するならば、後述する各種資材を用いた定点調査は「罠猟(trapping)」の要素を持ち、追跡調査は「クマ撃ち(hunting)」の要素を持つが、ヒグマに対するその心理的効果も同じで、定点調査がヒトへの忌避をほとんど刷り込まないのに対して、追跡調査はヒグマにヒトへの忌避・警戒心を自ずと刷り込むことが可能だ。

※夜間作業・夜間対策
 日本では銃器に対する規制が厳しく、そもそも一般的なハンターに依存したクマ対応には限界がある。特に夜間はハンターが銃器を自宅から持ち出すこと自体ができず、現実問題、ヒグマの歩き回る夜の現場を(ましてや銃を持たずに)歩けるハンターもまずいない。つまり、最もヒグマがヒトのエリアに出没しトラブルを起こす時間帯のヒグマ対策が手薄あるいは皆無になっているのだ。対ヒグマの夜間対応のためにベアドッグは非常に有効だが、それに加え現在はサーマルスコープを導入している。サーマルスコープは熱線センサーを搭載したフィールドスコープのようなものだが、私自身の用いている機種は300m先のシカとクマを楽に見分けることができ、暗闇の森林内で100m先のヒグマに気付かれることなく行動を観察することが可能だ。もちろん、地形や植生を知ったエリア内では、夜間作業の安全確保の道具にもなる。ベアドッグの導入で昼夜を問わずヒグマの感知能力が跳ね上がり、サーマルスコープの導入で夜間のヒグマを見る機会が格段に増え、ヒグマの感知・把握能力と夜間活動の安全性がこの10年間でかなり向上した。

 痕跡調査・追跡調査ともに、もちろんヒグマのいろいろをできるだけ幅広く正確に把握していくための方法で、ヒグマとの遭遇からは「忌避教育」に結びつけることも可能だが、ヒグマが活動する現場の空間で安全かつ自由自在に動けるためのヒグマ研究者・ヒグマ対策官側の訓練にもなり、正しく勘が働くようになるための作業でもある。下述するトラップ調査のみでは勘が育たず、むしろ錯誤を誘発し実際の対応・対策をおこなううえで肝心な点を見過ごすので、ときに致命的になることが多い。

※ベアドッグを用いた踏査・パトロールなどについては「こちら」を参照。

 ちょっと休憩:原点流・現場主義
 元来よりヒグマの研究者・専門家・クマ撃ちはのべつ幕なしにヒグマの生息地内を這いずり回るように歩いていたわけだが、その部分は様々なハイテク映像技術が普及した今なお欠かせない要素となっている。自動撮影・自動転送などでいくら断片的な映像を眺めてみたところで、現場を歩いてナマで感じ観察しないとわからないことがあまりに多いからだ。GPS発信器が送ってくるデータはその位置情報、自動撮影カメラで撮影できるのはその一点のみのヒグマの姿で、どちらも有益な情報をもたらしてくれる便利な道具だが、それぞれ断片的な限られた情報しかもたらしてくれない。例えば、GPSで位置情報を得たとしても、そのヒグマが何故そこに居るのかはわからない。細かい植生・地形・食物などの事象を伝えてくれないからだ。トレイルカメラの情報はさらに断片的で、踏査を知らない人がそれだけであれこれ考えを巡らせてもてもだいたい錯誤に陥ってしまう。
 いろいろなデータ収集から得られた断片的な情報を有機的に結びつけていく作業が必要だが、その要となるのが現場の踏査なのだ。ヒグマという動物を理解する上で、あるいはある一頭のヒグマを理解する上で、ヒグマが活動する空間全体の地形・植生・食物などの基本情報を知ることが必要不可欠で、それをベースにしてヒグマの習性やある個体のクセや性格を見定めるところに進めるし、いろいろな状況でヒグマの動きも読めるようになる。当然、ある対策・働きかけによってヒグマの心理や動きがどう変わるかも読めるので合理的な対策に結びつけることができる。
 ヒグマの研究者・専門家あるいはクマ撃ちの必要条件は、ヒグマの行動を読みヒグマの生息地内を安全に歩き回れることだろう。北海道で多くのヒグマ専門家を輩出してきた北大ヒグマ研究グループ(通称・北大クマ研)が、今なお現場を歩き回る伝統を固持しているのは間違っていないし頼もしいことと思う。

 昨今の無警戒型ヒグマが人里や市街地などをウロチョロする状況では、ヒグマの専門家による踏査はまた新たな意味を持つ。
 行政の中にはすでにあれこれと錯誤を起こし「クマ出没→立ち入り禁止・閉鎖」というお決まりの対応しか頭に浮かばないケースもあるが、ただそれだけではその人里の一部をヒグマの側に明け渡したことにしかならない。丸瀬布の調査エリア内にもかつてそういう場所があって、その行政対応のおかげでますますクマたちが自由に歩き回る状況が生まれていた。私自身はしょっちゅうクマに合えるしベアドッグの訓練エリアとして好都合なのでいいが、キャンプ場に隣接する場所なので観光客・キャンパーは危険を負わされる結果となっていた。ヒグマが人里内に侵入してくる場合、ヒグマの活動を山側へ押し返すか、その場所を明け渡すか、さもなくばヒトとクマの共有空間として存在させるか、その三つしかないが、キャンプ場のとなりの空間をあっさりヒグマに明け渡してしまう行政センスには首をかしげたくもなる。共有空間として存在させたければヒトとクマ双方の教育が不可欠だし、押し返す場合の基本路線はその場所のヒトの活動の活性を上げてやる方向なのだ。

 さて、「ヒトの活動」と言っても、銃を持たずにヒグマと対峙できない一般のハンターがクルマで流してみたところで効果は乏しいし、釣り人や観光客が知識やベアスプレーの準備もせずヒグマと遭遇してもリスクがある。結局、「ヒトの活動」の中でもヒグマの追跡や追い払いまでできる専門家の調査やパトロールが最も効果的で、なおかつ安全性も高い。もちろん、ベアドッグを同伴すればその効果はさらに高まる。




B.定点調査(トラップ調査)

 いわばヒグマの原点流調査である踏査に加え、定点観測が可能な調査方法を定点調査あるいはトラップ調査と呼んでいるが、現在のところ羆塾ではカメラトラップ・ライムトラップ・ヘアトラップの三つをおこない、踏査の補完データとして採用している。

a.カメラトラップ
 センサーつきの自動撮影カメラは狩猟の盛んな北米で普及・進化してきたが、動物のトレイル(通り道)に仕掛けるためトレイルカメラと呼ばれる。現在では安価な機種でも性能アップしていて、日本の場合、ハンターではなく野生動物の調査員・研究者に多用されている。現在では1分程度のHD動画が撮れる機種もあり、前に現れたヒグマの映像をそれなりの解像度で撮れるので、個体識別にも役立つ場合も多い。また、トレイルカメラには日時も逐一記録されるため、その個体がそこをいつ通ったかもわかり、数十台・数十ヵ所のカメラトラップ網をつくることで、ある区間のヒグマの移動のルートや平均スピードも算出できる。丸瀬布「いこいの森」の調査対策エリアでは、4haほどの林内とその周辺に40~50台(40~50ヵ所)のトレイルカメラを仕掛け、そこに活動するヒグマの頭数・性別・年齢、移動ルート・移動速度、時刻などから毎年15頭前後のヒグマのヒトへの警戒心・危険度をかなり細かく評価することに成功している。
 このトラップは、ただ林道沿いのクマを撮影したいのならある意味小学生の夏休みの自由研究にも適した安全で容易な方法だが、多様な仕掛け方をすることでその年のヒグマ対策にタイムリーに生かしたり、そのエリアに毎年到来するヒグマの年齢構成までも示唆データを得られるため10年レベルの長期的なヒグマ管理計画に生かすこともできる。ヒグマを知れば知るほどトレイルカメラで自由自在に撮りたい画像・映像が撮りたいシチュエーションで撮れるようになり、同じ台数を使うにも効果的な使い方ができるようになっていく。今年(2017)丸瀬布の「いこいの森調査エリア」で撮影されたHD動画は非常に多種多様で動画数は800本を越える。
 
「トレイルカメラ」については「13trailcamera.html」(←Click!)を参照のこと。


定点カメラ合成法
 トレイルカメラの細かな映像分析は原則的にヒグマが冬眠穴入りしたあと冬期間の作業になるが、映像を即座に現場のヒグマ対策に生かしたいケースは多々ある。その場合、現にヒグマが毎日多数到来し歩き回っているためカメラのチェックも三日おき以内とかになるし、夕方回収した映像を翌朝のパトロールに生かすこともたびたびあるため、映像分析に時間をかけている余裕もない。かといって、錯誤も起こしたくない。
 迅速に個体識別・頭数把握をおこなう方法を一つ示しておく。
 トレイルカメラが定点カメラであることから、あるトレイルカメラは決まった位置から決まった方向に同じ画角で撮影を繰り返す。例えば、夏休みの二日間ちょっとで次の4つの動画が撮れたとしよう。
 

 

この4枚を一定レベルで透明化してレイヤーするとつぎの画像になる。幾何学的(視覚的)に捉えるのが目的だ。 


 この合成画像から大型の個体が2頭、そして小さな個体は似通っていて判別できないが、最低3頭のヒグマが8月26日~27日の夜にこの地点を歩いたことがわかる。小型個体の識別に焦点を合わせて、さらに別のキャプチャー画像で比較すればもう少し情報が正確になる。この4枚ではさほど難しくないため合成法を用いなくても同じ結論になるように思うが、できるだけ錯覚を起こさない工夫として、この方法を思いつきいつの間にか定着した。
 もうお気づきと思うが、写ったクマが歩いた位置がわかるため、そこに定規を持っていって立ててみる。定規の長さは150㎝あればだいたい足りる。当然その動画は同じトレイルカメラに記録されるので、上述の合成法を用いればヒグマの体高が立てた定規上で読み取れる。


 

 また、私の場合はベアドッグの若犬育成の作業があるため、練習台となるクマを選ぶの際、クマのボリューム感を把握するのに日常的にこの合成法を用いている(下写真)。この若犬の体高は約80㎝なので、合成した画像(下右写真)のクマはだいたい1m程度の体高のクマだろう。練習台を選ぶにはこの程度の把握でも十分だが、ときどき足跡などの痕跡から推測した以上に大型のオス成獣が写ってくることもあり、そのクマを半人前の若犬の練習台にすることはしていない。左写真などは北大雪で最大級のオスで訓練途中の若犬は変に絡まないほうがいい。
(→Link:体高表現について)

 


b.ライムトラップ

 ライムとは石灰のことで、古くからクマを感知する方法としておこなわれている。だが、単にヒグマが通りかかったかどうかだけではなく、通りかかったクマに特にアスファルトなどの平坦な地面の上にまいた石灰を踏ませ、同じく平坦な場所にそのフットプリント(スタンプ)を押させることで、かなり正確にそのヒグマの足跡の前掌幅がわかる。若グマが増えたエリアでは、トレイルカメラの映像からだけでは個体の識別が困難なケースは多々あり、この石灰の前掌幅で識別可能なことも意外と多い。

 ベアドッグが写っている写真は石灰をまいて三日経った段階の写真だが、ざっと調べるだけで4種類の前掌幅が確認できる。つまり、最低4頭のヒグマが三日の間にここを歩いたことがわかるが、石灰をまいていなければこの写真はただ犬が二頭アスファルト道路の真ん中に茫然と立っている写真にしかならない。

 私の調査エリアで事前の調査で絞り込んだ場所でこのライムトラップをおこなうと、年間に2000~3000個のヒグマの足跡のスタンプがアスファルト上に押されるが、一つの足跡列から左右一組の足跡を抽出し前掌幅を算出する。このデータを解析し、その年にそのエリアに降りていた個体数や親子連れの数に加え年齢構成も傾向として出てくるが、そのエリア全体のヒグマの社会的性質(ヒトへの警戒心低下や人為物への依存度など)や数年レベルの動向予測までおこなえる。
 通常ヒグマの足跡を表現するときは一次元の前掌幅(一方向の長さ)を用いるが、実際の足跡は二次元なので、石灰スタンプの分析から前掌幅が同一でも形状の差異から別個体であると判断できる場合も多く、また、毎年このような調査をおこない目が慣れてくると一目で形状の違いを識別できるようにもなる。

 採取された前掌幅サンプルをグラフにすると下図のようになり、その空間に到来し活動しているヒグマの数・だいたいの大きさが推定でき、トレイルカメラや踏査(現認)などほかの調査データをつき合わせることによってそのエリアのヒグマの社会構造の推移などまで分析できる。この例では2010~2012年の3年間のグラフを縦に三つ並べてあるが、2012年の総数が仔熊を含めて15~16頭で前年データからの前掌幅成長をみて性別が推定でき、あるいは全体的に低年齢化もしくはメスへの性比偏重が生じていること、さらに前掌幅15㎝以上のオス熊が到来しなくなっている事実などなど、分析によってはかなり多岐に渡る推理を働かせることができる。





c.ヘアトラップ
 昔懐かしいバラ腺を低めの高さに張り、そこを通りかかるヒグマの毛をむしり取る方法で、多くの場合ヒグマを寄せる誘引物質(魚の切り身・クレオソートなど)が使われる。採取した毛は必要な場合に遺伝子検査に回され、やはり個体識別その他に役立たせる。遺伝子による個体識別法も厳密に言えば100%ではないが、利点として、ヒグマの経年変化に左右されず検査をおこなえること、あるいはミトコンドリアDNAのハプロタイプの解析で母系の世代交代がわかり、ひいては若グマの分散行動の推定のほか、踏査と組み合わせて遺伝的な気質の継承について一定の仮説を導くことにも役立たせることができるだろう。そのあたりは研究機関・大学等に任せるとして、対策においても利用範囲は多岐に渡り、今後ますます普及していく調査方法だと思われる。

 羆塾では誘因物を利用する体毛サンプリングのほか、人為的な誘因物を一切用いず、踏査において追跡調査でガードレール、立ち樹、風倒木などに付着した毛を採取する方法を一つのトライとしておこなってきた。広大な森林内からヒグマの毛を見つけ出すなど困難と思えるだろうが、これがまた習熟することで一日の調査で10ヵ所からヒグマの毛を採取できることもある。学術的な研究目的だけを目的にするなら誘因物を用いた方法が合理的だろうが、現場のヒグマ対策では特定の個体の体毛採取が必要なことが多い。例えば、ヒトを積極的に攻撃した個体や牛舎に侵入して牛を食べた個体などは、その地点から追跡をおこない体毛採取をすることで、もしそれらしき個体が捕獲された場合に個体の同定ができ、無関係な冤罪グマを殺して一件落着という危ういケースはなくせるだろう。
 また、逆説的になるが、ヒグマの生息地内でヒグマの体毛をきっちり見つけられるということは、ヒグマの行動をまずまず正しく読めている証拠になり、ベアドッグチームが正確にヒグマを追えているかどうかのチェックに使うこともできる。


C.遠隔調査

a.GPS発信器によるテレメトリ

 GPS発信器を装着したクマに関しては、その行動圏や季節ごとの動きが克明にわかるため、そのデータから、場合によってはヒグマの広域管理の必要性が浮上することもあるだろう。GPS機器の進化はめざましく、また回収の際のドロップオフ技術も信頼性を高めたため、以前のラジオテレメトリに比べれば随分楽になった。日本の電波法の縛りがあるため海外の製品を安易に導入できず、またタイムリーな情報収集に難があるが、技術的な点では相当なことができる時代になった。1~2日にの短期的な動物位置感知に関しては技適マークのついた合法的な機器(Furuno)があり、動物愛護の観点からベアドッグのオフリーシュ訓練ではレスキューモードを備えたGPS発信器を原則的に用いている。
  また、多頭数のヒグマにGPS発信器をつけることで、その個体に関しては住宅地や小学校に接近した段階で追い払いをかけて早い段階で意識改善を促すことができる。詳細がわからないが、確か長野県・軽井沢のNPO法人ピッキオではこの方式でベアドッグを出動させていたと思う。このクマ接近感知システムの弱点は、発信器をつけていない個体が一定レベルで存在することを避けられない点。毎年必ず感知できないクマがいるため、対策に用いる場合、これに頼りすぎるとむしろ危険かも知れない。
 GPSテレメトリに関しては、羆塾では現在、対策云々ではなくあくまで広域調査の観点で技術的・法的・地域社会的な準備を進めている段階である。5年計画で10頭というのが青写真になっている。

b.ネットワークカメラ
 ネットワークカメラは24時間態勢であるポイントを撮影し、センサーで動物の往来を携帯電話に知らせてくれる。と同時に、基地局でカメラの映像をタイムリーに確認できるため、10台内外のネットワークカメラでヒグマ感知網をつくることができる。要するに企業のビルなどのセキュリティーシステムの屋外バージョンだ。
 上述でGPS発信器をヒグマ対策に使う弱点に触れたが、このネットワークカメラシステムであればGPS発信器を装着していないクマが侵入してきても引っかかるため、そのタイミングでベアドッグを出動させることができる。すなわち、羆塾にとってはネットワークカメラ網はベアドッグをピンポイントで無駄なく合理的に使うためのシステムということになる。「タイムリーに」という即時性がネットワークカメラの利点なので、ヒグマを感知したと同時に対策を繰り出せる技術と態勢を持っていなければほとんど意味がない。

c.ドローン
 ドローンは近年日本でも非常に普及したツールだが、ヒグマ問題でただ飛ばして上空からの撮影を行うだけなら、じつはデントコーン農地の被害状況を視覚事実が的に確認し人に見せるくらいしか使い道がない。上空からの写真で被害面積を算出し「何%やられていますよ。電気柵を試してみませんか?」と農家を視覚的・定量的に説得する材料にするのは効果的だ。
 ドローンを飛ばす許可を与えてくれる農家なら、農地内部の踏査も許可してくれる。その場合、被害期間中のデントコーン農地内の調査も森林・山塊の調査同様ベアドッグと共に細かくやるので、ヒグマのそこへの出没数や侵入経路など得られる情報はこちらのほうがはるかに多い。ドローンによる上空からの概要観察は、あくまでその調査の確認や補完的意味合いになる。
 
 この項は「調査・把握」についてなのだが、羆塾はすべての調査データに加え、すべての調査技術を対策に生かす努力をしている。2017年からは、デントコーンに存在するヒグマをドローンによって外部に追い出し、そこからベアドッグにバトンタッチして追い払いをおこなう模索を開始した。この用途では、ドローンは空飛ぶ追い払いロボットだが、ヒグマを追って縦横無尽に追うベアドッグほど器用に木々をかわして飛ばすことはできないので、あくまで開けた特定の場所でのアシストロボットだろう。農地内へベアドッグを入れヒグマとやり合わせると、その行為自体で農地の作物を荒らす可能性があるからだが、このアシストロボットの方法は、例えばアカシアの小径木が密生する河川敷や犬に不利な密生したササ薮など、ベアドッグが十分ヒグマを追えない場所や怪我を追う可能性が高いケースで使うことができる。

 ちょっと休憩:科学と対策
 科学というのは物事のありようを知りたいという素朴な好奇心によって成立するが、アインシュタインの理論や仮説がソーラーパネルや原子力エネルギーを人類にもたらしたように、科学と人間社会は切っても切れない関係にある。現代、もちろん純粋な自然科学としてヒグマを研究する専門家もいるが、多くは人間社会に現に起きている問題を解決していくための事実の証明と提示が急務と考え、そこを優先し自らの研究課題を選んでくれているように思う。また、現場でヒグマ対策をおこなう優れた専門家は、ヒグマの研究者と同等の科学的思考で実際の対策をおこなっている。私の知る限り、科学と対策は連携しているし、肩書きや立場はそれぞれにあるにせよ、じつはヒグマの科学者と対策専門家の区別はほとんどつかず、また区別する意味も乏しい。



Stage2.分析・判断―――ベアプロファイリング
 問題が単純に農業の経済的被害ということであれば、とにもかくにもすべて被害をなくすことがめざされるため「クマ用の電気柵」によって一律にすべてのクマの侵入を防止することによって問題は解決するし、現在それしか方法がない。また新しい技術が開発されれば電気柵に加えその方法も用いることができるようになる可能性はあるが、一頭一頭のヒグマの性質や危険度などを問わずすべてのヒグマをその農地なりから遠ざけてしまえばいいだけだ。ややこしいのは「めんどくさいから電気柵はやりたくない」「経費をかけたくない」というヒトの心理や、「クマは殺せば被害がなくなる」という100年前からの風説・因習・思い込みである。しつこいようだが、現代以降、捕獲一本槍でヒグマによる農業被害が解消していくことはなく、延々被害が高止まりし危険な地域が混沌と続くだけだし、人類がめざす共生の時代に取り残されていくだけだ。
 ただ、私には電気柵の導入を提案する権利はあっても、「電気柵を張れ」と指示・強要する権利はない。今のところその権利は行政・裁判所にもない。農業もコンポストもゴミステーションも特定の誰かからすれば被害は被害だが、別の側面から見れば、ヒグマを人里内に誘引し餌付けをおこなうことはその地域全体にとっての危険性に直結し、地域全体のリスクマネジメントの問題でもある。北海道では人里内におけるヒグマの餌付けが容認される社会になっているし、それを禁ずる例えば単刀直入に「ヒグマの餌付けはしてはいけない」のような法的な抑止がない限り、誰がどこでどのようにヒグマを餌付けしてもいい状態は残念ながら続くだろう。明晰に整理しておいて欲しいが、人里内における餌付けというのは、それを誰がやったにせよ、個人的な被害でありつつ社会的には加害要素を含む可能性がある。

 さて、上述のような社会的な状態はしばらく続くと予測できるため、人里内および周辺の対ヒグマリスクマネジメントが必須となるが、人身被害の危険性を考えた場合、一頭一頭のヒグマの性格・性質・危険性を分析し、必要な個体に教育的な働きかけをおこなってヒトへの警戒心を植えつけたり、場合によってはピンポイントでそのクマの捕獲を必要とする場合もある。性質が平均的なヒグマが何頭か人里内やその周辺を歩くことがあっても、じつはその危険度はあまり高くない。ところが、たった一頭、ヒトに対しての警戒心が希薄でヒトに不用意に接近したり、あるいは攻撃性が高くすぐbluff chargeをかけたりする個体がいると、危険度が跳ね上がるのだ。
 実際にエリア全体の対策を練る際には、まずヒグマのエサ場と化しヒグマが集まる場所を把握し、Stage1の調査に加え聞き取りや植生の調査をおこなってヒグマの移動経路を突き止めつつ、それぞれのヒグマの性格・性質・学習方向と度合い・性別・年齢・攻撃性・ヒトへの警戒度までできる限り推定する作業をおこなうが、一頭一頭の性質分析を羆塾では犯罪心理学なぞらえてベアプロファイリングと呼ぶことにした。これは状況証拠の累積で推理を含むため、調査・対策をおこないながら修正を加えていく種類のものである。調査と観察をして働きかけ、その反応からまた推理して把握をする。その注意深い連続作業で、幾つもの根拠から可能性が高まっていくが、断定的に決めつけることは特にヒグマの場合は避けなければならない。

  

 ヒトやイヌ同様学習によって変化し個性のばらつきの大きなヒグマの場合、ふだん生活している中でもいろいろな性癖やちょっとしたクセが現れるが、ベアプロファイリングで最も重要な観点はヒトに対する危険度だ。その要素としては、ヒトに対する警戒心と性格的な攻撃性があげられ、自然界にはない人為食物への執着度も大事な要素となる。この項では長々と調査の方法などを書いてきたが、一般的なヒグマの調査研究はさておき現場のヒグマ対策では、各種調査はそのエリアのヒグマの個体識別をきっちりおこない、より正確にベアプロファイリングをおこない一頭一頭に的確な対応をとるための材料集めといっても過言ではない。

 実際のベアプロファイリングの要領は非常に繊細かつ多岐に渡り膨大なため、なかなかここに書くことはできない。のべつ幕なしにヒグマを意識し、追い、遭遇しながらヒグマを見る眼・ヒグマ勘を養っていくしかないのだが、遭遇や調査のちょっとした何かでそのヒグマの性質を感じることも多く、そこからさらに働きかけや調査をおこなってその「感じ」を検証していくような作業になる。
 例えば、ある林道を通ってデントコーン農地に出没するクマがいた場合、あるポイントを通る時間ひとつでいろいろな事が読めるし、ヒトへの警戒心が推測できる場合も多々ある。また、林道の左を歩いているか右を歩いているか、その歩く歩調とスピードなどからも同様だ。しかし、仮に日中に出没するクマが確認されたからといって、そのクマが必ずしも警戒心の薄い個体とも言えない。そこから先の推定は、ヒグマの社会学的な見地で周辺のヒグマの年齢層や性別・性格なども加味して分析評価する必要がある。
 例えば2017年の調査エリア内のデントコーン農地には複数のヒグマが降りていたが、もともと夜間出没型だった若いメス(当歳子2頭連れ)は、オス成獣が到来したあと、まずデントコーン農地脇の林で順番待ちをするようになり、最終的にはオス成獣を避ける形で日中の出没をおこなうようになった。この若いメスがヒトへの警戒心が乏しい個体とは評価できないわけだ。
 ベアプロファイリングを要した事例についてはこちら(11i3.html)も参照にして欲しい。どういう視点・意識で一頭一頭のヒグマを見、どう教育をおこなおうとしているかが少し現れていると思う。

「ヒグマの個体識別」

LINK:「ヒグマ問題で困っている行政の方へ」
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12+240+(18+780+18)+12=1080  780=28+724+28
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