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ヒグマの食性と年周期




 北海道は比較的新しい開拓地だが、開拓初期にヒグマによる幾つかの人身事故が起き、特に大正時代に留萌・苫前で起きた「三毛別事件」は人類史上最悪のヒグマ事件とされている。そのため小説や映画にもなり、当然の成り行きで「世にも恐ろしいモンスターパニック」として描かれた。その影響も色濃く受け、北海道では、ヒグマは山に棲む得体の知れないモンスター的な捉え方をされ、今なお「ヒグマ=危険」という単純な公式で行政対応がおこなわれている地域も多い。
 一方、欧米の文化では「くまのプーさん」的な描かれ方もされているが、どちらも極端な一面であってヒグマの全容とはかけ離れている。ここでは、プーさんでもモンスターでもない、北海道に暮らす野生動物ヒグマがどんな動物か、特徴的なところを整理してピックアップしたい。


  ヒグマの食性と期年周期(冬眠・リハビリ期・交尾期・食い溜め期)
    ヒグマの食性
    冬眠戦略と出産
    冬眠明け~リハビリ期
    交尾期
    食い溜め期 
  知能と学習能力
  大きさと運動能力
  ヒグマの一生(仔熊期・若グマ期・青年期・壮年期・老年期)



ヒグマの食性と年周期

 下図は北大雪・丸瀬布周辺の標高200~700mにおける調査(2005~2016)から整理したヒグマの年周期だが、概ね北海道各地のヒグマの年周期と類似するだろう。
    

ヒグマの食性
 上図を見てもわかるように、ヒグマの食べ物は変幻自在、春先の新芽から草本・フキ、昆虫、サーモンから木の実まで、つまり食べられるものは季節に応じて何でも食べる的な動物で、春から夏にかけての山を調査していても、ヒグマが食べない草を見つけるほうが難しいくらいだ。ヒグマの特徴の一つは、この食物への対応能力の高さにあるのではないだろうか。
 しかし、ヒグマはもともと肉食獣でオオカミ同様の丈夫な犬歯(牙)を持っているし、糞をはじめとするいろいろな観察からは消化酵素や腸の長さ・胃の数など構造的に肉食に適したようにできていると捉えられる。もちろん、牛のように反芻もしない。現在、北海道のほとんどの地域で「限りなく草食に近い雑食性」となっているヒグマだが、チャンスさえあれば動物性の食物を好んで食べるし、かなり強い執着を見せる場合もある。

 上図で動物性のタンパク源としては「シカ・昆虫・カラフトマス・サケ」になるが、実際に現在の北海道でもこの三つの要素がヒグマにとって特別な食物で、シカ死骸・アリ・サーモンに執着を示しつつヒグマの心理状態や動向を変え、危険を冒して確保しようとしたり、一度ありついたたシカ死骸なら強引に死守しようともする。

 ヒグマの食物を考える際、その単純な摂取量(食べた重量・体積)ではなく、消化高率を含めた体内摂取量を考えねばならない。重量や体積で沢山食べる食物がヒグマにとって重要なのではなく、消化して沢山の栄養を吸収摂取できる食物が重要なのである。フキを大量に食べるより、サーモンを数匹食べたほうが彼らにとっては栄養摂取ができ、それに要する労力・時間も小さくて済む。アイヌの木彫りにもあるように、本来的にヒグマのサーモンの結びつきは強く、8月~11月の「食い溜め」の主要食物をサーモンが担っていた。そのサーモンを北海道で経済資源としてヒトが独占し河口部付近で遡上を止めてしまっているので、多くのヒグマは特に食物端境期(欠乏期)の8~9月に食い溜めの食物に困った状態に慢性的に陥っている。

糞(ふん)のお話
 ヒグマの食性を調べるには概ね二つの方法がある。食べた跡をチェックしていくか、出した糞を調べるか。ここではちょっと糞の話をしてみようと思う。
 ヒグマの糞ってどんなふうか?と聞かれても、じつは答に窮す。食べたものによって色もニオイも形も固さも千差万別だからだ。上述のように肉食(動物性タンパク)に適した消化器系を持ったヒグマは、シカなどは非常に理想的な感じで消化しバッチリ排泄物らしいニオイをしているのだが、フキにせよシャクにせよデントコーンにせよ、恐らく消化酵素の不適合でいわゆる下痢とは異なる半消化のまま糞として出される。セリ科の植物の持つ独特の香りが反映し、臭いと言うよりはむしろさわやかなハーブのような香りがすることが多い。コーン糞はそのままお湯で溶いてポタージュになりそうだし、マタタビも新種のキウイと称してヨーグルトに入れても恐らく誰も違和感を持たない。つまり。限りなく草食に近いはずのヒグマだが、草本や木の実の消化度は非常に低くもとの植物がわかりやすい。昆虫を食べれば外殻は消化されずに出てくるし、シカを食べても毛や骨、ときに蹄が混じる。ヒグマの糞というのは、食べたものの特徴が出やすく、調べ慣れてみるとじつにわかりやすいのだ。いつどこで何を食べたかが、すべて判る場合さえある。

 左写真が最も典型的でよく見られるヒグマの糞で「黒フン」なんて呼んでいるが、春から初夏にかけてセリ科を中心に各種草本類、特に6~7月にはフキを大量に食べることが多いので、林道などにいもこの黒フンがよく落とされているだろう。この黒フンも日数が経つと養分が抜けて繊維だけになり白っぽく見えるようになる(白フン)。もちろん黒から白に至る中間の期間もある。
 左写真は7月中旬の食痕調査のときの写真だが、奥のフキ群生地が比較的大規模にヒグマに食べられていて、すぐそばにこの黒フンが転がっていた。
 ところが、この黒フン水分が豊富でいかにもされたばかりのように見える場合があるが、糞がされてからそれなりに時間が経過している。本当にされたばかりのフキ食の糞は以下に示すようにグリーンなのだ。

 特に5~7月はこのような糞を派手に落とす個体が多いのでヒグマがその周辺に活動していることはすぐわかるが、逆は言えない。つまり、同じ時期でも糞がないからヒグマはいないとは、残念ながら言えない。インテリジェンスフローを思いだして欲しいが、ヒグマはヒト以上に個性のばらつきが激しく、糞ひとつとってもこのように林道上にこれ見よがしとどっかり落とすのが好きな個体もあれば、絶対に林道から見える位置に糞をしない個体もある。同様にフキの食べる位置も、林道に沿ってあからさまに食べる個体と、林道から見えないように一段下のフキを食べ漁る用心深い個体もあるし、立ち止まって落とすことが多い個体と、歩きながら落とすのが好きな個体もある。もちろん、食べ方も糞の仕方も、ヒトにそれほどのばらつきはない。

 
  山に落ちてたマタタビジャム?ではなく、これは目撃情報から5分以内にベアドッグとともに追跡を開始し、1㎞弱進んだ山の斜面で発見されたマタタビ糞。まだ生温かかったが、ちょっとだけ舐めてみようかと頭をよぎるほどみずみずしく美味しそうな感じ。
 これが上述した黒フンの前段階で、されたばかりのフキ食の糞。このグリーンの表面は空気に触れることで比較的速いスピードで黒色化するが、黒フンをほぐして中を観察することで、外見は同じ黒フンでも新旧をある程度推測することができる。
   
 古い糞で養分がかなり抜けているが、草本の繊維の代わりにシカの毛と小さな骨のかけらがびっしり入っている。シカの骨を噛み砕いて多く食べたヒグマの糞は固めで白っぽいが、骨の消化吸収率は比較的いい。これにひづめが混ざる場合もある。  されたばかりのフキ食の糞と似ているが、消化されずに残っている繊維などでだいたいヒグマが何を食べたかを推測する。単一の種であればそれなりの群生地で食べたことになるし、多種多様な草本を食べていた場合もあるだろう。
   
 秋・ヤマブドウ糞。  夏。同時にいろいろを食べ合わせた糞で、この現場では食べたものすべてを特定できなかったが、赤い小さな実と枝と葉が同じように入っているので、恐らく、何かの草の実を大雑把に食べたのではないか?
   
 8月・デントコーン糞。  秋の縦走と呼んでいる大規模な食べ歩きに大型オス成獣が落とした糞。
   
ドングリ(ミズナラ・コナラ)   

 見つけた糞がよほど新しければ下写真のようにオシッコ(尿)のほうも鮮明にわかるが、
特に夏期は蒸発が速く
クマの調査をしていても液体のクマ尿を私が見つけることは少ない。
ベアドッグは嗅覚で確実に見つけてくれるが。

           


ちょっと休憩:クマの糞の解釈
 クマ糞はもちろんそこにクマがいた証拠になるが、内容物を細かく調べると食べたものがわかる。が、糞に含まれているものがヒグマの食物であるとは、じつは言えない。
 例えば、7月後半に確認された左写真の糞はどうだろう。特徴的なカラマツの葉が含まれている。が、これを見て私なら直感的にアリを食べた糞であると解釈する。そこで、顔を近づけてニオイを嗅ぐのだが、それでだいたい直感が正しいことがわかる。さらに確認のために糞を崩して中を見てみると、2枚目のようになっている。光沢のある部分がアリの外殻だ。
 要するに、このクマはカラマツ林の中で風倒木か切り株をひっくり返し、そこにできたアリの巣を暴いて食べた、と直感するわけだが、糞がアスファルト上に落ちていたことと糞の直径からだいたいどのクマの糞かを絞り込み、そのクマがアリを食べただろう場所を推定する。カラマツは植林でこの山ではそれなりに限定されるので、推測にかかる時間は5秒とかからない。実際に推測した場所に足を運び、クマの痕跡をトレースしながら曝かれたアリの巣を探し、見つけたら一応作業は一段落。毎日毎日ヒグマの生息地をこんな思考回路と行動パタンで歩き回るので、そりゃあ勘も働くようになる。
 カラマツの葉はクマが食べたのではなく、混入しただけなのだ。糞でも足跡でもトレイルカメラでもGPS発信器でも、データは得られるに越した事はないのだが、解釈を間違えると事実を見誤ることがあるばかりか、とんでもない帰結を導くことになる。

 では、これはどうだろう?(左図)
 パッと見ると単なる黒フンなのだが、小砂利が沢山含まれている。さらに顔を近づけてよく見て見ると、アリのさなぎらしきものが見て取れる。つまり、この糞もアリの巣を暴いて舐め取ったりして食べた跡だと推測できるが、さらに分析はできる。
 含まれている砂利が均一で、なおかつ渓流の砂利とは形状が少し異なるところから、恐らく、大雨でアスファルト上を流れる水が運んだ人工的な採石砂利のうち、このサイズが溜まった場所の脇のアリの巣を暴いたと、私なら一応推理し、近隣エリアでこのような砂利が溜まるようなアスファルト道路を思う浮かべ、確認しに行く。もちろん砂利はクマの食物ではない。
 上述はどちらも比較的単純な推理だが、中には難解なパズルを解読するような推理を強いられる場合もある。とにもかくにも、こんな「推理と確認」を毎日毎日のべつ幕なしに無数にやっていくと、ヒグマのことがだんだん読めるようになっていく。行動や心理を読めれば、先回りして待ち構えることも可能になる。若グマの教育も少しはマシにできるように。


 食痕、つまりヒグマが何かを食べた跡のことにも、大事なところを少し触れよう。
 ヒグマがもともと肉食でそれに適した身体の構造や消化酵素を、限りなく草食に近い雑食性になった今もなお持っていることはわかってもらえたと思うが、食痕で大事な要素はだいたい口周り。つまり、歯の骨格と顎の関節・筋肉だ。ヒグマはオオカミ同様大きく尖った犬歯(牙)を持っているが、これは肉を噛みちぎるはたらきはもっているが噛み切るようにはできていない。また、顎の関節が左右に自在に動く構造・筋肉にはなっていないので奥歯ですりつぶしたりすることも不得意だ。そういう口周りの構造・働きが食痕には如実に現れ、生粋の草食獣であるシカや牛が「噛み切る」だとすれば、ヒグマの場合はあくまで「噛みちぎる」なのだ。だから、ヒグマが繊維の強い植物を食べると、繊維が噛み切れずにちぎられた形で長く残ることが多い。その手の草本は幾つかあるが代表格がフキなのである。私たち人間がフキを採ってきてまず下処理で取り払う外側の硬い繊維。ここが切り取られずに残る特徴がある。
 フキの群生地に動物の食痕があった場合、だいたいその切断面の繊維の残り方でクマかシカかはわかるが、葉がついたままフキの茎の一部だけ食べられていれば、それはまずクマの食痕だろう。フキの群生地の食痕の見方は、じつは要素が沢山あってここですべて書けないが、同じく残される踏み跡や糞のほか「遊び要素」がどれくらい現れているかも含め、親子連れであると推測できる場合もあるし、個体それぞれのクセや好みがかなり出るので、ある一定エリアのフキ食痕だけを注意深く見ているだけで、それを食べた個体の識別もある程度可能だ。
       
注意)シカの場合も、その時の気分で食べ方が大雑把になり、ちゃんと噛み切らずにむしり取ってモグモグはじめる事があり、クマの食痕とさして変わらない食べ跡になる。食痕のみでクマシカの区別がつかないときは、食痕のまとまり具合や量、あるいは周辺の別のあれこれで区別する。


冬眠戦略
 ヒグマが冬眠をする―――これは広く知られた事実だが、どうして冬眠するのだろう? 変温動物のヘビやカエルの冬眠は低温下の活動停止としてすんなり理解できるが、ほ乳類のシカやキツネが活動している北海道の冬、ヒグマのみが冬眠するのは、よく考えてみれば不可思議でもある。
 三毛別事件ではエサが乏しく冬眠に失敗した「穴持たず」なるクマが大惨事を起こしたと伝えられたが、じつは、ヒグマの山を年がら年中歩き回っているとむしろ逆で、木の実が多くエサが豊富な年は雪が降ってもいつまでも歩き回っているし、乏しい年は比較的早く冬眠穴に入ってしまう。極端な例として、シカ猟が盛んになった昨今、ハンターがシカの残滓を山に放置するのでヒグマはそれを食べ暮らし、真冬でも普通に外で活動するケースが見られる。恐らく、これらのクマの一部は冬眠を放棄し春まで歩き回っているだろう。単純化して言えば、「ヒグマは寒いからではなくエサがないから冬眠する」と理解でき、その冬眠の実態は完全な活動停止ではなく、体温・呼吸数・新陳代謝を極度に低下させてウトウトとしている状態といえる。山スキーで冬眠穴に近づきヒグマが飛び出してきた例や、冬眠穴近隣にハンターが放置したシカ死骸を冬眠中のヒグマが食べる例などがあり、ヒグマの冬眠の実態の裏付けにもなっている。
 また、妊娠したメスは真冬の冬眠穴の中で2~3頭の仔熊を出産する。妊娠期間はイヌ同様二か月程度だが、生まれる子熊の大きさは400g程度とかなり小さい。ヒトが3000gで生まれて60㎏まで育つとしてもその比は20倍だが、400gで生まれたヒグマが400㎏まで育つとすれば比は1000倍に達する。
 これだけ小さな仔熊を生み育てる季節的なチャンスはじつは年間通してあまり見当たらず、厳冬期の山で雪に閉ざされた冬眠穴内で出産をおこなうのが最も安全な方法に思える。倭人による開拓期以降、同じく絶滅政策がおこなわれたオオカミが絶滅しクマが絶滅しなかったことにも冬眠の有無が絡んでいると推察できる。

 この冬眠戦略を軸にいろいろを考えるとヒグマの年周期は捉えやすい。エサを食べない長い冬眠のために、秋までに体内に栄養を蓄えなくてはならないし、冬眠明けにはなまった身体を正常に戻す時期もあるだろう。前者を「食い溜め」と呼び、後者を私は「リハビリ期」と呼んでいる。

冬眠明け~リハビリ期(3月~5月初旬)

 オス成獣と単独の若グマは3月あたりから冬眠穴を出て活動を開始する。豪雪年にはちょうどこの時期にシカの衰弱死が沢周りを中心に起き、それを食べて体力を回復させる。シカの衰弱に加え春先の雪はシカに不利なため、冬眠明け後のクマが生きたシカを補食することもある。秋までに食い溜めによって体内に貯蔵した栄養で凌ぎ切ったヒグマでも、半年近く狭い冬眠穴内で動かず寝たきりでいたため、冬眠明けの総合的な体力・運動能力は低下している。これは、半年間病院のベッドで寝たきり状態のヒトを想像すれば容易にわかるだろう。
 冬眠穴から出たクマは、しばらく身体を慣らすようにその周辺を歩き回り、次第に行動範囲を広げて雪の融けた南斜面で新芽を食べたり、フリーズドライになったヤマブドウを食べたり、ミズナラの大木の下で雪を掘り返してドングリを食べたりして徐々に体力を戻していくが、シカの死骸を嗅覚で捉えれば数㎞移動してそのシカ死骸を食べ漁ることもある。
 その冬に冬眠穴で仔熊を出産したメスは比較的遅くまで外に出て来ないが、5月中旬までにだいたいすべてのクマが冬眠穴明けをして外を歩き回ることになる。

ヒグマの行動圏
 成獣オスの年間の行動圏(ホームレンジ)が非常に広大であるのに対し、メスの行動圏がせいぜい数㎞四方程度、そして行動圏の個体差は大きいというところまではだいたい北大雪山塊でも捉えているが、その詳細に関して私の調査エリアではわかっていない。また、4歳前後までの若グマ(亜成獣)の行動はメス成獣に類似する。私自身、特徴的な大型オス成獣の追跡で、丸瀬布の武利から留辺蘂の厚和まで40㎞程度の距離を2~3日の時間に移動している例を確認したことはあるが、特にオスの交尾期・秋の行動範囲に関しては「非常に広大」としか表現できず、また個体差も大きいようなので、詳細はこのエリアでGPS発信器を用いたテレメトリ調査が実現し、そのデータが蓄積されていくのを待つしかない。
※渡島半島・知床半島の研究では「メス5~15平方㎞・オス100平方㎞以上」などと幅を持たされて表現されている。


交尾期(6月~7月)
 リハビリ期を終えた直後、クマにとって最も重要な時期とも言える「交尾期」に入るが、特にオス成獣は雌を探して山塊を大規模に移動するため、リハビリ期に順調に体力を回復させることのできる個体はオスとして有利な個体とも言えるだろう。交尾期は「フキ食の時期」と一致し、ヒグマ全体の活動が非常に活発な時期でもある。
 ヒグマの交尾は基本的にオス成獣がメスを探して移動する、あるいはメスがオスを誘引する形になるが、現在の北海道では(人為的な理由によって)メスの生息密度にかなりの偏りがあるので、メスの多いエリアが一時的にヒグマの高密度地帯になることもある。メスの行動圏が比較的狭いことから、メスの多いエリアは必然的にヒグマの高効率な生産エリアとなる。

 丸瀬布のように捕獲一本槍で対策を行っている地域では、過剰なヒグマの捕獲から、そのエリアのメスの性比が増えることがある。その場合、交尾期にそのエリアを訪れるオスも多くなり、優位なオスは複数頭のメスと交尾を成功させるだろうし、あるメスは複数のオスと交尾をおこなうと推測できる。
 ちなみに、2017年、丸瀬布「いこいの森」を中心とする半径約5キロの調査エリア内で確認された「当歳子を連れたメス」が5頭あり、伴われる仔熊の総数は秋口には8頭に減ったが、典型的なヒグマ生産エリアだろう。

 この山塊のヒグマの交尾期が概ね6~7月というのは確かだが、その時期に生じた受精卵は少し技巧的な経緯をたどる。つまり、「受精卵→胚→着床→細胞分裂(成長)→出産」とはスムーズに進まず、受精から着床の間に一定期間のタイムラグを持っている。これを着床遅延というが、このメカニズムの全容は生理学的にまだ解明されていない。着床遅延はクマに限った生理ではなく、ヒトを含めた様々な動物に確認されているが、ヒグマの着床遅延には種の存続のための重要な意味がある。
 着床遅延の開始および解除(着床=受精卵の成長開始)には、どうやら母胎側のスイッチが関与していて、受精卵を持った母グマの食い溜めによる栄養蓄積状態がそのスイッチのひとつとなっている可能性が高い。「木の実の豊作の翌年はヒグマのベビーラッシュ」というような表現がされることがあるが、つまり、豊富な木の実で食い溜めを十分におこなった母グマの着床スイッチが順調に入り、胚の成長が予定通り始まる割合が大きいということを意味している。

食い溜め期(8月~10月)
 交尾期のフキ食は非常に派手な形で痕跡として残り、実際、フキの群生地を中心に膨大なフキをヒグマは食べるが、先述したようにその食物の消化効率を考えると、食べるフキの量に比べ体内に摂取できている栄養量はさほど多いとは考えられず、翌冬の冬眠のための「食い溜め」には至っていないと考えられる。食い溜め期は、オホーツク海側ではカラフトマスが遡上を開始する7月下旬からと捉えていいだろう。従来の丸瀬布では、カラフトマスに加え一月遅れで遡上を開始するシロザケ(サケ)がヒグマにとって食い溜めの要となっていたはずだが、そのサーモン類が現在の北海道では河口部で遡上を阻まれていることに加え、草本の水分量が減り硬くなってさらにヒグマの消化効率が落ちるので、ヒグマたちが食い溜めをおこなうための食物が自然界に乏しい時期が生じてしまっている。8月~9月に訪れるその時期を食物端境期とか欠乏期と呼んでいるが、ちょうどその時期に特に牛の飼料用のデントコーンが実をつけるので、多くのヒグマはそれに依存しがちな状況が生まれている。
 ヒグマによるヒト側の被害ばかりが取り沙汰されるが、それを扱う場合には、同時にヒトによるヒグマのエサ奪い・棲みか奪いに目を向け、総合的にヒトとヒグマの被害を緩和する方向で考える必要があると思う。

 サーモンの代替食物デントコーンで食物欠乏期を乗り切ったヒグマは、デントコーンが刈り取られるとようやく本来の暮らしに戻りマタタビ・サルナシ(コクワ)・ヤマブドウ・オニグルミ・ミズナラ(ドングリ)などの木の実を食べ歩く時期に入るが、丸瀬布では1ヶ月近く刈り取り時期が遅いデントコーンによって十分な食い溜めをすでに達成している観があり、デントコーンが刈り取られる時にすでに丸々太ったクマたちは、その後さほど精力的に木の実を食べ歩くことはせず、結果として、木の実の豊凶にかかわらず木の実が余る状況が生まれている。

※デントコーンは近年のバイオエタノールの原料としても使われ、世界的な高騰が起きた。道庁としてもデントコーンの自家栽培を道内で推進したため、従来牧草地だった場所が次々にデントコーン農地に変わり、急速にデントコーンの作付面積が増えた経緯がある。デントコーンというのはもともと北海道でヒトとヒグマの軋轢の主役となってきた作物である。スーパーに並ぶ人間用の野菜と異なり、牛や馬の飼料用デントコーン栽培が北米の大農法基調の大雑把で過密な栽培方式であることに加え、酪農家自身が「デントコーンくらいで」と防除から目を背けていることが高い軋轢度の背景にはある。道庁はデントコーン農地の防除(ヒグマ用電気柵)の推進を同時に同じ強さで行わなかったため、必然的に、ヒグマ生息地に隣接するデントコーン農地は広大なヒグマのエサ場と化した。別の言い方をすれば「ヒグマの被害急増」となるが、ここでまたひとつ覚えの捕獲一本槍を続けたため「ヒグマの捕獲数増加」につながった。
 ところが、ここからが問題で、箱罠を用いて慢性的に捕獲態勢をとって農業被害が効果的に減ったかというと、否。ヒグマの目撃や徘徊がなくなったかというと、これも否。むしろ農業被害額は高止まりし、若く無警戒なヒグマが人里や市街地周辺にフラフラと歩く状況が生まれてきた。(この現象のメカニズムはヒグマの生態だけからは説明できないため別項で扱う)

秋の縦走
 食い溜め前半のサーモン食、あるいは現状として起きているデントコーン食は、無尽蔵な食物が集約されているため「付く」「居座る」と表現できる形でせいぜいその場所に近距離通勤をおこなう程度である。それに対して10月以降の木の実を食べる時期は「次々に食べ歩く」と表現できるが、この時期のオス成獣の移動範囲が非常に広大で、そのスピードも速いため「秋の縦走」と呼んでいる。
 若いクマやメス熊など比較的小型のヒグマはストレスなく樹に登り、樹上になるマタタビ・コクワ・ヤマブドウなどのツル科の実を器用に食べる。大型オス成獣は木登りが不得意だが、体重をかけてツルごと下に引きずりおろして実を食べたりする。不自然に折れた枝の多くはそうしてオス熊が折った跡だ。

冬眠穴入り
 あるヒグマの冬眠穴の位置を事前に予測あるいは特定するのはかなり難しい。春先に冬眠穴を出たばかりのクマの足跡を逆追いして確認することはときどきできる。こんな状況なのであまり断定できることはないのだが、「雪の吹きだまる沢筋や吹きさらしの平地には冬眠穴を構えない」程度には経験則から漠然とわかっているため、「稜線から斜面を少し下がった風裏」を一応避ける形で注意し真冬の犬の訓練などはおこなっている。逆に、ヒグマが冬眠穴を構える直前(11月)にそのエリア一帯で犬の訓練をおこなうことによってすべてのヒグマがその周辺を避けて冬眠穴を構えることがおよそわかってきたため、毎年実践している。


ヒグマの大きさと運動能力
 400gで真冬に生まれた仔熊は母乳によって育ち、4月下旬~5月中旬に冬眠穴を出るまでに4㎏ほどに 
成長している。その後、満1歳の時に40㎏、オスなら400㎏程度まで成長する、と「4つながり」で覚えておくといいそうだ(EnVision/早稲田)。
 実際は、現在の北海道では500㎏クラスのオスがあちこちで捕獲され、ヒグマの大型化が囁かれている。ヒグマの成長サイズに関しては、高栄養な食物を毎年安定して十分摂取できる場合に大型化すると考えられる。ヒグマの大生息地アラスカでは、内陸型と沿海型のクマに大別でき、後者ビーチカマー(BeachComer)などと呼ばれ非常に大型だ。最も典型的な沿海型はカトマイ国立公園(Katmai)・コディアック島(Kodiak)などのヒグマで、中には1トンに達する個体もあるという。では、何故沿海型が大型化するのか。その大きな理由がサーモンなのである。
 では、何故サーモンが欠落したままの北海道でヒグマが大型化が起きてきたか、そこが疑問だが。ひとつの可能性として、サーモンに代わるい溜めの食物ができたという仮説は成り立つ。そして、その仮説では、サーモンの代替食物としてデントコーンしか見当たらない。

移動スピード
 ヒグマは時速50~60㎞で走ることができ、風説にあるような下り斜面が苦手という事実もない。クルマ慣れしている我々は法定速度60㎞/hを「遅い」と錯覚しがちだが、時速60㎞というのは100mなら6秒で走り切るスピードだ。
 一方、歩くスピードは目的があって移動する場合にヒトの速歩きより速い時速6㎞ほどで移動するものの、無目的な食べ歩きなどでは見ているほうがイライラするほどのらりくらりと歩く。ただ、ヒグマが歩いている限りそれで息切れしたり疲労することはまずなく、仮に林道に沿って夜通し歩けば簡単に数十㎞を踏破してしまう。

五感
 シートンの時代の解剖でヒグマの嗅覚中枢が非常に発達していることはわかっていたが、ヒグマは五感の中で特に嗅覚が極度に発達していて「嗅覚の動物」とも呼ばれる。腐りかけたシカ死骸の風下にいるクマなら最低でも5~6㎞離れた位置からその存在を感知し、ニオイを追って正確にシカ死骸の場所まで来ることができる。この距離はこれまでに確認できた最大値で、実際はもっと遠くのシカ死骸を突き止めることができるだろう。私の経験では、ヒグマの嗅覚はイヌよりも鋭敏だ。恐らくヒグマは、嗅覚のみによって、私たちが視覚でやっている空間把握に近い認識をしているのではないか。
 それに比べ視覚は相当悪い。テストの結果では裸眼視力が0.1の私と大差無しで、80m離れた静止したヒトを見分けられないレベルである。パッと動くものに関しては敏感に反応する。
 聴覚・味覚に関しては定量的なテストがおこなえていないが、平均的なヒトと大差無しと感じている。

木登り
 ヒグマは木登りに長けた身体の構造を持っていて、原則的に木登りがが得意だ。そればかりか仔熊・若グマは遊びで樹に登るのが大好きなようだ。手足の湾曲した爪先を樹皮に差し込んでスルスルと登る。遊び心以外でヒグマが樹に登るのは、そのほとんどが樹上の木の実を食べるためで、マタタビ・コクワ・ヤマブドウなどのツル科の植物の女木(実のなる木)が巻き付いたトドマツなどにはだいたいヒグマの木登り跡が残されている。
 成長していくにつれ遊びで樹に登ることは少なくなっていくが、体重が一定の重さに達した頃から、ヒグマは樹に登るのが困難になる。それは自重に対して筋力が足りなくなるからではなく、爪の鋭さと樹皮の強度が問題になるからだと考えられる。
 2005年前後、自宅近隣でエゾクロテンの観察を続けたことがあるが、アラスカでの活動時代に厄介だったクズリという動物と合わせ「エゾクロテン・クズリ・ヒグマ」という進化ラインの仮説を立てた。この仮説が正しいとすれば、ヒグマというのはもともと樹上生活者だったことになり、木登りが得意なのはその名残とも言える。ヒグマとクズリは地上に降りたが、ヒグマは身体を大型化させたため気性はむしろ穏やかになった。クズリは外敵に対抗するため気性を荒くした。と、まあそんな仮説であるが。
←私がヒグマの祖先として考え注視してきたエゾクロテン。


掘返し
 ヒグマの腕はまるでバックホー(パワーショベル)のごとく、強靭な爪と筋肉で岩盤以外の地面ならば効率的に掘ることができる。また同様に、岩や風倒木をひっくり返すことが得意で、「掘り返す・ひっくり返す」を暮らしの常套手段として用いている。
 ヒグマ用の電気柵はヒトがまたげるほどの高さ(60~70㎝程度)だが、ヒグマがその上を飛び越えようとはせず、地面との隙間を見て掘り返して下を越えようとするのもこの習性のせいだ。

水泳
 ヒグマはジメジメした谷地(湿地帯)をあまり好んで臥所(ふしど=休憩場所)には使わない。が、渓流・河川・池・湖・海と、水場を好む傾向にあり、水浴び・遊泳のほか移動に使うことも多い。近縁種のポーラーベアを思いだしてもらうとわかりやすいが、泳ぎが得意で、ヒトが到底立ち込めない河川を平気で渡るし、海や湖を数㎞泳ぎ渡ることも難なくできる。ヒグマにとって河川や湖の水自体が移動の障壁になることはまずない。ヒグマへのストレスがあるとすれば開けた湖面や河川がバッファスペースとして働くことだろう。


ちょっと休憩
 ヒグマの調査といっても、相当な時間と労力を支払っても完全にそのヒグマを把握できるわけではありません。数も多い若いクマの場合、年齢やオスメスの判断もなかなかできないのが普通です。しかし、従来の北海道のように、ヒグマに対する曖昧な思い込みや風説・迷信レベルの情報ではなく、できるだけ事実本位にヒグマを把握し、十分な考察のもと幾つもある対策から最も合理的な対策を選択して最適な順序で実践しなければ思うような効果は得られません。
 じつは、ここにあげた「事実本位」と「合理性」。これが満たされていれば、難解に見えるヒグマ問題も速やかに、意外とあっさり軽減・解消へ向けることができます。すなわち、ヒトとクマとそれらが暮らす環境に摩訶不思議に絡む事実のあれこれが、私たちにはまだしっかり見えていないと思います。優秀なヒグマの専門家が三人集まると、たいがいの部分で認識や意見が一致するものですが、残りの一部に関して「どうなっているのかな?」「本当のところはわからないね」と終わるのが普通です。だからこそフロンティアワークと言えるのもかも知れませんが、「わかっていないことをわかっている」のが大事なことで、現場の研究者・活動家はついつい解りたくて調査や観察に明け暮れる生活を送ってしまうのです。


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