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 11i03・11i02の電気柵テスト/2011年10月・丸瀬布上武利



攻撃性の高いオス亜成獣11i03(アイスリー)を感知
 2011年、私は例年通り調査エリアのクマ調査に勤しみながら若いベアドッグの訓練をおこなっていたが、 8月末までにだいたい想定内のクマが確認されていた。それぞれのクマの動向を捉えながら、場合によっては実際に対面して働きかけをおこない、一頭一頭のクマの性質やヒトへの警戒度・クセを見定め観光地におけるその個体の危険度を量っていた。
 ところが、お盆過ぎのある日、一頭の若いオス熊をデントコーン農地脇の薮から山斜面に追い払ったときに、にわかに違和感を感じた。その個体は、私の追い払いに対していったん斜面上方に逃げ去ったが、中途で逃げるのをやめ、斜面に平行に左右に走ったかと思ったら、最終的に私にbluff chargeをかけてきた。クルマで待機させていたベアドッグの一頭が機転を利かせてクルマから飛び降り、私に迫るそのクマ撃退してしまったためその突進がbluff chargeかreal attackかは判らなかったが、とにもかくにも「攻撃側に傾きやすい」性質がそのクマに浮上した。その一件以来、その個体を徹底的にマークして追ったり観察したりする日々になったが、知れば知るほど違和感は深まった。
 その個体は「2011年に五十嵐線エリアで確認された3頭目」ということで「11i03」(呼称:アイスリー)というコードネームを与えられていたが、前年までの調査から4歳オスと推定していた。9月に入ってからも11i03をマークし、特にその個体が常習的に通うデントコーン農地周辺の行動把握に努めた。

最後に残ったアイスリー(11i03)とライトハンド(11i02)
 9月上旬、そのデントコーン農地にはi03のほか数頭の若いクマが出入りしていることが判ったが、その出入りを静観していて、また別の違和感を感じた。
 通常、複数の若めのヒグマやメスが一枚の農地に出入りして活動しているとき、一定のパトロールなどをおこなってストレスをかけると警戒心の強い個体からそこに現れなくなる。それは、概ね年長個体であるが、2011年このデントコーン農地では、ベアドッグとともに塩梅を確かめながら威圧的パトロール・マーキングをおこなって確かに数が徐々に減ったものの、その減り方が逆だった。 小さな個体から姿を消し、最後には問題のi03と、もう一頭同年代と思われるオス(i02)が残る結果となった。どちらも4歳オスと推定したが、若グマのるつぼと化したこの周辺では出世頭というべきか、相対的に優位な個体だった。20歳のオス成獣とかがここに混ざっていると状況はまったく異なってくるのだが、この社会構成では4歳オスといえど自信をつけはじめ、恐らくイタズラ心的な気持も働いて傍若無人に周りのクマを蹴散らかすように振る舞ったりすることもある。その影響で小さな個体は次々にこの場所から姿を消して遠ざかり、最後にこの中では年長の2頭が残った、ということではなかろうか。
 が、またここでちょっとした異変が起きた。

 9月中旬、i02が骨折と思われる手首の怪我はじめ身体のあちこちを負傷し、歩くのも難儀する状態でトレイルカメラに写ってきた。動物病院へ連れて行ったわけではないが、印象としては重傷だ。ちょっとケンカにしてもやり過ぎに思えた。デントコーン周りを観察していても、滅多にあることではない。そこで、鳥獣行政に確認してみたところ、案の定、シカ死骸を仕込んだ箱罠がこの農地の反対側に仕掛けられているということだった。デントコーンでは現れない強い執着や興奮状態がシカ死骸によって二頭の若グマに生じ、おおかたデントコーン農地の中で大ゲンカになったのだろうと推測できた。 じつは、トレイルカメラに対する攻撃的態度もi03には確認できていて、i03の攻撃性に関して、i02の負傷で私自身は確信を持った。i02の手法は右腕がときにひどく、手をまともに地面につけないほどの負傷だったため「ライトハンド」と呼ぶことにした。

クマ撃ち不在エリアでのi03のtrap-shy
 ところが、同時に判ったことは、このi03がすでにtrap-shyにかかっていて箱罠が通用しない個体である可能性が高いこと。そうでなければ、デントコーン農地脇に置かれ魅力的な腐敗臭を放っているシカ死骸に飛び付いて捕獲されるところだろう。箱罠を乱用する地域では、この手のクマがどんどん増える傾向にある。
 このエリアが膨大な観光客を呼び込んでいる観光エリアであるため、私自身、この段階でi03に対する捕獲判断に傾いていたが、クマ撃ち不在の丸瀬布においては、その箱罠くらいしか捕獲の手段が残されておらず、仮にクマが捕獲されたとしても無関係な冤罪グマが次々に捕獲されるだけで何も解決しないだろうことは容易に想像できた。クマ撃ち不在エリアで箱罠の乱用とは最悪のパタンだ。
 そこで、私は教育手法によってこのi03が観光客と悶着を起こさないよう意識改善から行動改善を導く方策に進路を取った。つまり、i03の比較的強い攻撃性自体を容認しつつ、ヒトに対して攻撃を仕掛けにくい個体にすることができれば、捕獲不能だとしてもなんとかこの観光エリアの安全性は確保できる。

 i03のヒト・クマ・トレイルカメラに対しての攻撃性と、罠に対しての警戒度・trap-shyに関してはおよそ判ったが、もうひとつ、どうしても知っておきたいことがあった。電気柵に対しての学習方向と度合いだ。5年間の説得でようやく電気柵が「いこいの森」に導入されたのが前年の2010年。もちろん、行政には「いこいの森」へのクマの侵入を防ぐためのフェンスとして説得してきたが、私の意図として、この観光エリアのヒグマ全体に電気柵を忌避と結びつけて学習させる広い意味での目的があった。単に観光施設の安全ではなく、観光エリア全体の安全性を確保するための方策だ。農家のシカ用電気柵はメンテ不足でヒグマが電気柵を舐めてかかる傾向が現れ始めていたため、きっちりメンテされた教育用の電気柵がこのエリアのどこかに必要だった。「いこいの森」の電気柵が実現すれば税金を使って手厚くメンテナンスされるだろうという読みが働いていたが、特にリスキーなi03がその電気柵で何をどのように学んでいるか。あるいは、学んでいないか。そこが、私は知りたかった。ピンポイントの確実な捕獲が不能なこのエリアの状態で、もし教育によるヒトへの意識改善のほうもうまく行かなかった場合、このクマの行動を部分的にでも抑制する方法は電気柵しかない。そう直感したからだ。

 私は、2頭のクマの動向が十分安定し、移動ルートを固定化させるのをじっと待った。結局10月に入ってデントコーン刈り取りギリギリの時期に「いこいの森」担当の小山氏に協力をお願いし、また電気柵の専門家であるサージミヤワキの~氏に簡易電気柵の提供を得て、ようやく電気柵テストが実現した。当時、まだ遠軽町も丸瀬布支所鳥獣行政も「いこいの森」周辺のクマの活動状況をほとんど認知していなかったため、「計画発案・岩井、カメラ調達・小山、電気柵提供・~」という怪しげなコラボレーションとなったが、どれが欠けてもこのテストはおこなえなかっただろう。

その年にヒグマたちが使う農地へのルートはだいたい把握していたが、その中で「どのクマも必ずここはこのように通る」というポイントを幾つか私は見出すことができていた。そのうち、最もカメラの設置に適したポイントを選び、そこに左右5mずつ、全長10mの1重3段の基本的なクマ用簡易電気柵を設置し、i03とi02がともに固定化させたルート上で電気柵が阻むポイントを3方向から3台のトレイルカメラで狙った。(下図)
 もちろんどのクマも左右に5mルートをずらして回り込めばこの電気柵は簡単に越えられるが、そういう行動を2頭がとらないよう、じっと待ったわけだ。ヒグマの常習性というのは食べ物や嗜好などに比較的強く現れるが、移動ルートに関しても、場合によってはかなり強く現れる。




ちょっと余談
   鳥獣行政とは言っても基本的に一般職でコロコロと人事異動がある。そのため、ヒグマのいろいろを説明し理解しかけて来た頃にどこかに消えて、またクマなど露も知らぬ担当者が鳥獣行政の椅子に座る。それに嫌気がさしていたのでいろいろ思案したが、ひとつ名案が浮かんだ。「いこいの森」には雨宮号という林鉄が観光シーズンには運行されていて、その運転手ならば異動が恐らく定年退職までない。そこで、「このへんにクマなんていない」と決めつけて取り合ってくれない汽車の運転手を「いいから一度ついてきてくれ」と強引に説き伏せ、私の調査のルーティーンルートを連れ回してヒグマの足跡や糞・背こすりの木などを見せながらあれこれ説明し、とにもかくにもヒグマに意識が向くように仕向けた。普通にいえば「ヒグマの現状を知らしめた」となるし、変にいえば「たぶらかした」ともなる。運転手は茫然と言葉を失っていたが、同時に電気柵・バッファスペース・トレイルカメラ・石灰まきなどなど、比較的安全で行政にもやりやすいヒグマ対策を具体的に提示して目を向けてもらい、結果的に「いこいの森」への電気柵導入に結びついた経緯がある。
 その汽車の運転手が2011年のテストでカメラを調達し協力してくれた観光行政の小山氏だが、彼の持ち味は非常にフットワークがよくやるとなったら仕事が速いことと、観光行政を担うだけあって「人にどう見えるか?」「どうやったら人を引きつけられるか?」という視点に長けている点。私自身、愚直に山を這いずり回ってクマを調査したり、まるで忍者のように裏舞台でクマの追い払いをしているだけでその視点を欠いていたと反省。彼がいなかったら私もここまでクマの動画を重要視していなかったと思うし、「いこいの森」のヒグマ対策も一向に進まず、いまだに「ときどきクマが歩く粋なキャンプ場」だったかも知れない。











 最近では遠軽町の行政経由であちこちに配布・宣伝(?)されている動画なのでどこかで目にした事のある方も多いと思うが、その電気柵テストから得られたのが次の動画である。(クリックで開く)狙ったひとつのポイントを三台のトレイルカメラで撮っているため、私のほうでそれなりに編集させてもらった。ただ、行政担当者には経緯や意図が十分伝わらなかったようで単純に「電気柵の効果」として矮小化された形で紹介されているのはいささか残念なところではある。が、とにもかくにもクマ用電気柵の普及のために役立つのだから良しとしよう。実際は、この電気柵テストには上述のような様々な事前の調査や分析・予測・疑問があったし、いろいろな事を解き明かす意図が少なくとも計画した私の側にはあった。そしてこのテスト結果は、その後のベアドッグの用い方や、10年スパンでの「いこいの森」周辺でのヒグマの社会の構造再生をめざした羆塾の取り組みにも生かされている。




電気柵テスト後の考察と対策
 i03・i02とも、たった10mの簡易電気柵によってこの農地への侵入を断念させることに成功し、それぞれ電気柵をいい方向へ十分学習していることが判った。いったん固定化までさせた行動パタンをヒグマがなかなか変えようとしないことや、もしかしたら電磁場を感知する能力をヒグマが持っている可能性など、幾つかのことが同時に示唆する映像となった。

 様々な角度からの考察はさておき、i03の電気柵への忌避が確認されひと安心だったが、私に残された作業はこのクマの忌避教育だった。ヒトとの遭遇でこう簡単にbluff chargeをかけてくる攻撃性の強いヒグマがこの観光エリア内に存在すれば、いつどんな拍子で観光客や釣り人が「走って逃げる」をおこなって人身事故に見舞われるかわからない。
 この動画を撮った翌2012年、4月から広域調査に入ったが、i03を捉えたのは6月中旬だった。相変わらず快活に動く若グマだったが、とにもかくにも動向を見失わないようマークし、成長したベアドッグを仕掛けるいいタイミングを虎視眈々と狙っていた。ところが、i03の攻撃性は前年と比べると影を潜め、攻撃より逃亡側へ心理が傾く傾向が強くなっていった。一度目の追い払いがよほど効いたか・・・結局、私がベアドッグを伴い準備万端で待ち構えた追い払いや劇的なコンタクトを経ずに、i03は行動圏を広げ山のどこかで問題のないクマとして暮らすようになったようである。攻撃性の低下がベアドッグと私の働きかけによるものか、単に年齢的な変化(成長)によるものか、そこはわからない。一方、i02のほうは、その次年以降私には把握できなくなった。

 ここからは個体の同定が曖昧で推測でしかないが。
 現在、この電気柵テストをおこなった私の調査エリア内にはほとんど姿を見せないi03だが、デントコーンの時期になるとときどき現れてあの年に使っていたそのままのルートを歩いているようである。まだやんちゃな亜成獣だった2011年とは風体その他が随分変わっているが、ときどき、「おまえ、アイスリーだろう?」と問いかけたくなるオスが調査・対策エリア内に到来する。当時の年齢推定が正しければ、大の問題児だったi03も、もう10歳を越える。
 2004年の箱罠導入年に起きたヒグマの大量捕獲に端を発した「いこいの森」−マウレ山荘アウトドア観光エリアのヒグマの社会構造の破壊=若グマのるつぼ化だが、無闇な捕獲の抑止とベアドッグによる効果的な若グマの忌避教育によって、観光客とヒグマの大きなトラブルもなく、十数年経った今ようやく本来のヒグマの社会構成に戻って来ていると観察できる。(2017年・岩井)


 

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