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ヒグマの一生





ヒグマの一生

 さて、経験・学習による変化・成長はヒトやイヌ同様生きている限り続くが、その度合いは年齢によって一定ではない。経験も知識・認識も乏しい、いかようにも変化しうる人でいう「頭の柔らかい」状態も仔熊・若グマ期にはあり、若いクマの意識改善・行動改善は、積極的な「追い払い」をなどの教育行為によって比較的容易でもある。経験と学習を積み意識や考えを強化・固定化していくとともに変化は乏しくなり、習慣・クセとして年周期の中で定まった行動をとる傾向が強くなる。このあたりも人間と似ている。
 冬眠穴の中で生まれ、母グマに連れられていろいろを学ぶ遊び好きで無邪気このうえない仔熊。その仔熊が親離れ後も若グマとして自律的に学習を続けながら成獣となり、メスは子を持ち、オスは時にそのエリアの主のように傍若無人に暮らしつつ、年老いて死んでいくまで。その30年に渡るヒグマの一生を「仔熊期」「若グマ期」「青年期・壮年期」「老年期」の四つの時期に分けて、「ヒグマの知能と学習能力」で述べた「ヒトとイヌに適用できるセオリーはヒグマに適用できる」という法則性を念頭に、特にヒグマの脳に焦点を当て、それぞれの時期の特性や意味、そしてヒトとの関係性や注意点を加えて書いてみよう思う。


仔熊期
 仔熊というのは、母グマと行動を共にする個体をそう呼んでいる。仔熊を生むのも育てるのも母グマだけでおこなうが、仔熊が親と別れて単独で暮らすようになる1~2歳までの間に母グマから教えられたり真似したりで多くを学ぶ。母グマの性質・行動パタンの影響を毎日ダイレクトに受けながら暮らすため、母グマのいろいろを受け継ぐ形で子グマは成長していく。これを母系伝承と呼んでいる。
 犬の訓練で言う躾や服従は思っていたよりはるかに正確で、特に人里周辺では様々な合図ひとつでサッと仔熊だけが揃ってヤブに隠れたり、そこで待ち続けたり、出てきたりをきっちりおこなえる。が、木に登って遊んでいてヒトの接近に逃げ遅れたり、熱中して遊ぶあまり迷子になったりするケースも多々ある。親子離れも、必ずしも母グマの意図でおこなわれるわけではなく、迷子になったまま仔熊が単独生活に移る例がそれなりにあるようだが、観察している側は、よほど継続的にマークし把握しない限り、それが親離れなのか迷子なのかわからないことが多い。
 この強い母系伝承があるため、若く経験不足で無警戒なメスが子育てをすれば、だいたい輪を掛けて無警戒な仔熊に成長し、そのまま無警戒な若グマとして独り立ちするし、経験豊かでヒトとの距離感をしっかり持った母グマなら、やはり仔熊もヒトを警戒し一定以上ヒトと距離をとる若グマに成長する。近年では前者が増え、若く経験不足なヤンママグマが仔熊を育て無警戒で軽率な若グマを次々に産出する傾向にある。

  

 仔熊は母グマの後をついて見よう見まねで学ぶことに加え、母グマから何らかの意図的教育を施されていて、その教育・躾・訓練の精度は、ベアドッグを訓練する私自身を情けなく思うほどよくできている。左写真は、イヌの訓練でいわゆる「マテ」をかけた状態の仔熊を背後から撮った写真だが、母グマのちょっとした合図でピタリと止まり、そのまま微動だにせず母グマからの次の合図「Come」が来るのをじっと待っていた。

※仔熊の中には、生まれた年の9月にすでに単独行動をしている個体がある。割合としては1~2割程度だが、研究者にはこのクマは「単に親からはぐれただけだ」という意見がある。しかし、生態学的にヒグマの親離れが1年4ヵ月~2年8ヵ月程度としても、1年半で親離れしたクマが、はぐれたのか親離れしたのかは、それこそクマに訊いてみないと判らない。どういう経緯で単独行動に移行したにせよ、若グマになったそのクマがヒトとの間に発生させる問題は同じで、なおかつ学習形態も若グマ流に変わる。そこで私としては、「親に連れられた個体を仔熊」、そこから「安定した単独行動に移行した個体を若グマ」と、活動形態から呼ぶことにしている。



若グマ期
 親離れはあまりドラマチックな別れは私自身は感じたことがなく、さりげなくいつの間にか仔熊が単独行になっていることがほとんどだ。親離れ直後は同胎が共に行動する場合と、完全に別々に行動する場合があるが、狭い空間でそれぞれ単独行動をしていても半ば偶発的に出合ってしまうようで、いったん単独行動に移った同胎が再び行動を共にしていることもある。この点、親離れに関してはさして厳格な規範はなさそうだ。
 
親離れ後2~3年間、つまり概ね3~5歳までのクマを「若グマ」と私は呼んでいる。この年齢は、丸瀬布における
調査エリアを始点に本格的に分散行動を開始する若グマの年齢を4~5歳と推定したところから始まっていて、北海道各地において5歳までの亜成獣が最もヒトとトラブルを起こして捕獲されやすいという事実を加味して私なりに定めたものだ。近年、分散年齢が2~3歳という研究結果が浮上しているが、分散開始の定義が異なるため多少の差異は吸収されうる。
 若グマは独り立ちしたからといって突然大人のクマとしての分別を持てるわけではない。仔熊の延長として若グマと名を変え単独行動に移るだけで、むしろ母グマの制御が外れるためまったく独りでトライ&エラーを積んでいろいろを学んで行かなくてはならなくなる。

 若グマは、まだ経験・学習が乏しく警戒心が希薄だ。もともと持つ「好奇心旺盛」に「無知」「無邪気」が加わることで、ともすると非常に無防備で不注意な行動をとってヒトと問題を起こす場合がある。
 最もわかりやすく、またヒトからすると問題となる若グマの行動は、ヒトへの「好奇心による接近・じゃれつき」だろう。通常、クマによって怪我をした人はいろいろな先入観から自動的に「襲われた」と認識し、メディア等でもそのように画一的に表現されるが、じつは、クマに「襲われた」事例をよく見てみると「じゃれつかれた」である場合が浮上してくる。この若グマ特有の行動は、仔犬の「甘噛み」「飛び付き」と同じスキンシップなのだが、これを漫然と許し長引かせてしまうとじゃれつきが激しくなったり、何かの拍子に本当の攻撃になったりして、ヒト側の大怪我にもつながる。もちろん、走って逃げるのは最も不合理な行動だと思う。

 また、実際にヒトとの個対個のトラブルがなくても、冒険心や好奇心が働いたままヒトの活動域周辺にフラフラと現れる場合もある。道内各地で近年増えている市街地出没のほとんどは、ちょっとビビリながらそれを打ち消すほどの冒険心や好奇心でワクワクした経験不足で無知で無邪気なだけの若グマによるものでさして目的などない。が、決して凶暴なモンスターが街に襲来してきているわけではない。




若グマ期におけるオスとメスの差異
 オスとメスでは、若グマ期におけるその心理的成熟のスケジュールや方向性は異なる。オスは比較的いつまでも強い好奇心が残りトライ&エラーを繰り返す。「子供っぽくて遊び好き」と表現しても外れていない状態が続く。それに対しメスの若グマは、比較的早く馬鹿げたリスキーな遊びからは卒業し、比較的無駄のない一定の行動パタンで安定的に暮らすようになる。例えばそれはヒトに対する「お試しのbluff charge(後述)」にも現れ、私はそれをメスだと事後にでも判明した個体から受けたことが一度もない。
 恐らく、オス若グマの分散行動や行動圏の広さと同じ原因でこの心理的成熟の差が生じていると考えられるが、メスは若くして子を産み育てなければならないのに比べ、オスはどちらかというと無責任で、テリトリーもなくハーレムを作るわけでもないので、さすらいの遊び人みたいな感じを受けるが、そこにきっちり合理性があるのだろう。遊び好きで学習能力が高い個体が広大な行動圏でいろいろを経験し対応できる個体だとすると、その個体が交尾期に広く歩き回って遺伝子を受け渡すことは種の存続には有利だろうし、逆に、オスの分散の規模や行動圏の広さは種の多様性を保つのに必要なことだろう。オスにとっていつまでも好奇心旺盛でトライをおこなう性質は重要なのだろう。


青年期・壮年期(6~22歳)
 ヒトの人生になぞらえ表現しているヒグマの青年期とか壮年期がいつなのかかなりファジーだが、ヒグマが最大で30歳前後まで生きることを考え、また実際のヒグマに起こるいろんな変化を考え、青年期が12歳前後まで、壮年期が22歳前後までと、一応規定している。
 現在の北海道では若グマ期のトライ&エラーでヒトと悶着を起こして捕獲されるケースが多いため、青年期には相当数のオスが人為淘汰され数を減らしているのが現状ではある。その若グマ期を切り抜け生き残ったオス熊は、特にヒトとの関係性を築いており一定の距離を保ちつつヒトの活動と折り合いをつけて暮らすことができるようになっている。この青年期には、まだ外見上も若さが感じられ、行動の一部に子供っぽいところが垣間見られるが、ここのヒグマにクセや特徴が現れることが多い。青年期の個体は若グマ・メス熊より優位な立場にはなるが、さらに大型で経験豊かなオス成獣がいるので、ヒグマ社会全体では中間的な立場になる。経験を積みながらさらに自信をつけ、そのエリアで頭角を現すオス成獣があるが、このクマがその後そのエリアに与える影響は大きく、ほかのクマはこの快活で優位なオスを気遣い、避けながら自らの行動圏を定めたり、時に突発的な移動をおこなう。
 青年期と壮年期の境界はファジーだが、上述のようにそのエリアで最も優位で他のクマに避けられるオスに成長したあたりからは壮年期と呼んでいる。壮年期もいつまでも続くわけではなく、クマにも老化は避けられない。



老年期(23歳~)

 年齢的には20~25歳前後からだと思うが、外見的には毛艶・毛並みが悪く、「肉が落ちる・下がる」というヒト同様の変化が現れる。歩くスピードも遅くなり(※1)、他のほ乳類同様白内障等で五感の一部が衰える現象もあるだろう。大型の個体が木登りをしなくなることは、爪をかける樹皮の強度の観点から困難になると話したが、老齢グマに関して、パワーウェイトレシオ(力/体重)低下し、仮に爪がガッチリかかっても登るのが困難な状況は、歩いたり斜面を登る姿を見ていても推察はできる。
 高齢グマの問題としてヒグマアルツハイマー的な脳の老化を私自身は想定しているが(※2)、30年間ヒトとトラブルを起こさず順調に暮らしてきたクマが突如ヒトを襲って死亡させた事例(アラスカ州カトマイ)や、丸瀬布にも開けた農地をグルグルと延々歩き続ける高齢グマが現れたことがある。アルツハイマーかどうかは別として、高齢のヒグマには身体的衰えと同時に脳の機能不全が起きる場合があることは、まず間違いないだろう。ハンターは大きなヒグマを仕留めると必ず大袈裟に自慢するが、本来持っていたヒトへの警戒心や判断力や運動能力を失った高齢のクマを撃ち殺したからといって、優秀なクマ撃ちとは、じつはまったく言えない。仮に認知症に陥っていたとしても、生き抜き難い現在の北海道で天寿を全うしようとした存在に敬意を払うべきだ。

※補足1)「歩くスピード」に関しては、局所的(約4ha)に50台ほど設置したトレイルカメラ網の範囲内において(食べたり遊んだり昼寝をしたりせず)「無目的な移動」に使われるルートの平均移動スピードから算出している。「白内障・その他」に関しては、原則である「ヒトとイヌに見られる現象はヒグマにも適用できることが多い」という法則めいた私なりの理屈から推察している。
 ヒグマの老化に関しては、例えばオスなら250㎏以上・メスで120㎏以上と定め、有害捕獲された個体を北海道が責任を持って回収し獣医による検査をおこなう、そのシステムが確立すればいろいろ科学的に判明するだろう。ヒグマの老化の臨床や行動パタンを含めた全容がわかってくれば、当然それは現場のヒグマ対策に生かすことができる。もちろん、体重制限など設定せず、当たり前の道理にしたがって北海道が責任をもって有害捕獲個体を全頭回収し、その検査をして今後のヒグマ対策に生かすべきではあるが、現実的には些か困難だろう。

※補足2)
イヌにおける認知機能不全症候群
 犬の脳の老化のうちはっきり支障をきたすような状態を認知症と簡単に表現しているが、いろいろな症状を包含し認知機能不全症候群(CDS)という。このシンドロームが起きる原因は多面的でまだ全容が解明されているわけではないが、イヌとヒトの脳の老化のメカニズムが同じものであるとジェイコブ・モーザー(Jacob E. Mosier/Kansas State University, Faculty of Veterinary Medicine)が突き止めたことは比較的知られ、現在、イヌの認知症治療・予防に応用されている。神経細胞間の情報伝達スピード低下が起き(100m/s→22m/s)、要するに脳全体の情報処理の能力が低下することと、脳細胞自体の変質(破壊)によって処理自体を誤ることとなどがわかってきているが、空間把握・環境認知そして経験・学習したことがらの混乱・記憶の喪失・脳と身体の活動低下(無目的化=意味不明の行動)などが起き、ヒトの老化による認知症もまた同様、ヒグマの脳の老化もこれに合致する、というのが私の仮説的な捉え方である。少なくとも、その仮説の元に上述のカトマイの死亡事故や丸瀬布のグルグル回るだけのクマはすっきり理解できる。
 認知症の中にアルツハイマー型認知症がある。これは上記の変化に加え、ヒトの場合なら人格変化・性格変質をもたらすが、 Mosierの論に則ってトロント大学のミルグラム(N.W.Milgram/University of Toronto, Division of Life Sciences)を中心としたグループは、脳内の酸化による副産物質アミロイドをアルツハイマー認知症の一原因と仮説を立て、老齢ビーグルで実験をおこなった結果、抗酸化物質を多く含んだ食物を摂取させることでアルツハイマー型認知症の進行を抑えることができることを確かめた。現在のドッグフードの中には、抗酸化物質が配合されたものがあり、認知症予防に効果があると考えられている。
 認知症全体に対して、食物のほかに生活習慣が起因していることがわかっている。簡単に言えば「脳への刺激が乏しい生活が認知症を進める」ということだが、予防策としては、イヌの場合なら散歩コースをいろいろ変えておこなったり、ヒトの場合なら趣味や習いごとをしたりという方向性になる。
 さて、「イヌとヒトに通用するセオリーはヒグマにも適用できる」という私の論を重ね合わせ、現代の北海道のヒグマを考えると、サーモンが欠落した中山間地域でデントコーンに依存して暮らすヒグマは、生活習慣(脳への刺激)・食物の両面で加齢による認知症の起こりやすさ・度合いが従来北海道に生息してきたヒグマに比べ増している可能性がある、とも言える。 


 コラム:ドウモイ症候群―――近似的アルツハイマー型認知症の可能性
 ドウモイ酸(Domoic-acid:略称DA)というほ乳類・鳥類などに作用する毒素がある。これは徳之島近海の海草(ハナヤナギ:現地名ドウモイ)から分離抽出され発見された水溶性の毒素の一種だが、DAの哺乳類・鳥類への毒素としての働き方は、記憶中枢・海馬を犯すというものである。「記憶」のメカニズムや可能性については科学的にもまだはっきりしていない領域が多いが、いわゆるアルツハイマー型認知症の起因としても海馬の萎縮が関連付けられて考えられている。
 さて、この毒素はいわゆる化学物質ではなく自然の生物由来の毒素だが、現在ではハナヤナギ以外にもDAを生成する藻類が発見されている。そのひとつに、その発生源が赤潮の構成要員である藻類がある。
 赤潮で発生したDAはカタクチイワシなどに補食され第一段階目の生物濃縮が起こる。魚類に関してはその毒性が検証されていない。そして、そのイワシをいろいろな鳥類・哺乳類が補食し、DAの量がその動物体内で一定レベル以上になるとその毒性が捕食者の「海馬」に対して顕著に作用し、場合により死に至る。イルカ、ザトウクジラ、アザラシ、各種海鳥などの変死(不可解な死)に際してその脳を分析すると、「海馬欠損」が見られるケースが相次いでおり、DAが関与している可能性が示唆される。
 1987年、カナダのプリンスエドワード島で養殖物のムラサキイガイ(ムール貝)による食中毒で107人が被害に遭い、4人が死亡した。ここで働いた毒素が赤潮由来のDAとされているが、問題は、生き残った被害者のうち12人に重度の記憶障害が見られたという事実である。つまり、DAがイルカやクジラ、アザラシなどの海獣、鳥類、そしてヒトに対しても、「補食→海馬の欠損→記憶障害→致死」という働き方をする可能性が高い。

 北海道のヒグマの生活習慣の変化に由来する「ヒグマ・アルツハイマー」誘発の可能性については先に触れたが、もう一つの良からぬ可能性がこのDAにある。
 陸上の捕食者であるヒグマの体内にDAが至る経路は、およそ二つ考えられる。ひとつが遡上サーモンの補食、もう一つが海岸に打ち上げられた変死海獣類の採餌である。
 サーモンの場合は、ヒトへの影響も鑑み食品としての厳正な検査態勢を構築すればDA検知は比較的安定的かつ正確にできる可能性がある。複数のイルカやアザラシ・トドの変死の場合、それが早期発見できて速やかに回収するなりサンプルを検査に回すなどできればいいが、ヒグマが海岸線でその死骸を食べてしまうことで、海洋由来のDAの脅威が森林・山塊へ拡散する恐れがある。つまり、重度の記憶障害を持ったヒグマが、にわかに現れる可能性がある。
 鳥類の例では、DAの摂取で死に至る前の段階に顕著な攻撃性が報告されており、現在マウス実験でドウモイ酸の働き方、哺乳類への影響の出方が研究されているが、もし仮に、DA摂取によって記憶障害の起こったヒグマに鳥類同様の攻撃性が現れるとすれば、それはヒグマの管理上も無視することはできないだろう。

 現在のところ、北海道でサーモン・海獣類を経由した赤潮由来のドウモイ酸がヒグマの体内に入った事実は確認されていないと思うし、ましてやヒグマの行動とDAの関連性を疑って検証もおこなわれていないと思うが、近年の温暖化等による海水温上昇・海流の変化あるいは海水の富栄養化が進む課程で、突発的に赤潮が北海道沿岸に発生する可能性も十分あり、そこでDAが大量に生産される想定をもって考える必要が、特に沿海型のヒグマの管理においてはあると思われる。(2006年・岩井)

 




 
 ヒグマの成長とは?―――孤立性と警戒心

  無知で無邪気で好奇心旺盛な若グマが成長するにしたがって何を獲得するか。ヒグマの成長とは、端的にいえばと「孤立性」と「警戒心」を獲得してゆくこと。特にオスはこの傾向が顕著だ。逆にいえば、成長過程の仔熊・若グマは、孤立性が低く警戒心が薄い、ということができる。

 成獣ヒグマが本当の攻撃(real attack)に移った場合、それは強い警戒心の元でとった戦略が破綻した場合なので、攻撃自体はまさに大怪獣の如く強烈でヒグマの破壊性能が瞬時に発揮されてしまうので、ほんの一撃でヒトは深刻なダメージを負う場合も多い。
 臆病な一面を持つヒグマが自ら好んでヒトを攻撃したりすることはまずないが、偶発的に切迫したり、驚いたり、ヒトが追い詰めたりすると、攻撃側に転ずる場合がある。ただ、この攻撃はあくまで自己防衛のために咄嗟に起こされる行動なので、その攻撃が延々続くことはむしろ希との北米その他のデータはある。それで、現在なおクマとの「バッタリ遭遇」からのreal attackに対して「死んだ振り」に類する手法が合理的な対応として存続している。

 まず、バッタリ遭遇のときに見せるヒグマの攻撃行動のほとんどは、「切迫」「怯え」「びっくり」「腹立ち」が原動力となっていること。そして、ヒグマとのトラブルとなくす方法が、殴る蹴る殺すの武闘的なことではなく、むしろこの繊細な動物の心理に巧妙に働きかけ、いかに衝突の前にヒグマを遠ざけるかであると記憶して欲しい。私の言う「高知能はヒグマ」は、優れた記憶能力に加え、それだけ高い「感覚」「類推能力」を持っている。突飛に聞こえるだろうが、ヒグマの側の「気分」が問題なのだ。

 ただし。本来ヒグマが自然に獲得している警戒心はそれぞれのヒグマの経験・学習によって強化され定着していくもので、ヒトがどのように振る舞うかによって、逆にヒトに対して無警戒で呑気なクマも出来上がる。
 ヒグマの無警戒には概ね3種類あり、ひとつは例の経験不足で無知な若グマ。二つめは、人為物を食べ慣れて徐々にヒトへの警戒心を欠落させていく「餌付け型無警戒」。そしてもう一つが、危害を加えられずに多くのヒトに接することによって徐々に慣れ、ヒトの存在そのものに無関心になっていく「無関心型無警戒」。後者はカトマイ、マクニールなどのヒグマ観察・ヒグマ観光で観光客の間近でくつろぐヒグマが代表的で、ヒグマのこの状態が必ずしも悪いとはいえない。ただ、ヒト側への教育を抜きにこのクマが漫然と増えると、おおかたの場合、各種の悶着・軋轢が生じ解決はなかなか困難なものになる。特に無関心型のクマのエリアに教育不十分なヒトが紛れ込んだ場合、それは人身被害の危険性に直結する。したがって、知床・大雪に見る人慣れ型・新世代ベアーズは、これらのエリアでヒグマ観光の可能性を立証したような存在だが、今後これらのクマをヒグマ観察・ヒグマ観光に利用するとすれば、クマに対する以上に精度の高いヒト側の制御・教育が必要不可欠となる。

 一方の「孤立性」に関しては「ヒグマのアドバンス/ヒグマの力学と準テリトリー」で触れようと思うが、後編に記した図2をよく見て考えると、オス成獣の孤立状態がどうして生ずるか理解できると思う。
 



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