up
 since2004
side

 
 羆塾(ひぐまじゅく)とは
   yajirusi#羆塾設立趣意
   yajirusi活動内容/活動履歴
   yajirusi塾生/ベアドッグ・拠点紹介
   yajirusiベアドッグ
 ヒグマの保護管理活動
   yajirusi羆塾のヒグマ対策
    yajirusi調査/分析~対応判断
    yajirusi教育&防除
    yajirusi捕獲
 ヒグマのベーシック
   yajirusiヒグマの食性と年周期
   yajirusiヒグマの知能と学習能力
   yajirusiヒグマの一生
 対策ベーシック
  yajirusiベアカントリーへようこそ
   yajirusi出遇わないために
   yajirusiもし出遇ってしまったら
  yajirusi被害を防いで暮らす
   Type1:中山間地域・農地帯
   Type1:都市部周辺・観光地
 ヒグマのアドバンス
   yajirusi力学と準テリトリー
   yajirusi捕獲リバウンド現象
   yajirusiヒグマの社会学
   yajirusiヒグマ教育学
   yajirusiヒトとヒグマの関係学
 フィードバック/普及啓蒙活動
   yajirusiフォーラム/レクチャー
   北大雪カムイの森
   出版物・電子書籍
  ヒグマ問題を抱える行政の方へ
 ヒグマ関連情報
   yajirusiおすすめの本/LINKS
   yajirusi丸瀬布の自然と観光
 
  2004~2013羆塾・旧サイトより
   yajirusiエッセイなど
   yajirusi2013ヒグマ対策と公開情報
 

sika



Pet4You.jpのエコ活動
白滝ジオパーク
「GIO」と「ECO」のコラボレーション
白楊舎
ベアドッグの育成でお世話になっています

環境との調和をめざすリゾート
オススメ!
side


捕獲リバウンド現象



荒川の沢データ―――捕獲リバウンド現象

 2004~2008年の「いこいの森」周辺全域のヒグマの個体識別と活動数の把握ができていないが、調査活動に勤しんだ荒川の沢中~上流域・太平の事例に関しては一定レベルで定量的に述べることができる。
 この観察では、多くのヒグマがフキを精力的に食べる6~7月の活動状況下で、2003年まで前掌幅17㎝のオス成獣が占有する形で食べていたフキ群生のうち、例年指標としている荒川の沢沿線との周囲斜面を含めた範囲内のフキ群生17ヵ所について調べ、周辺の各種調査を補完データとした。

左図)荒川の沢とその周辺地図
緑の点が指標としたフキ群生地
(左地図をクリックで拡大表示)
(画像ⓒ2018Data SIO,NOAA,U.S. Navy,NGA,GEBCO,Landsat/Copemicus,地図データⓒ2018Google,Zenrin)

 


第1段階(安定期)―――2004年6月まで

 荒川の沢は山上農地(多くは牧草地)が広がる太平高原に源流を持ち、直線的に武利川にそそぐ小河川である。荒川の沢の特殊性はフキ群生の質にある。雨によって農地に散布した肥料の一部が流れ込むためフキの生長が著しいと考えられる。そのため、ヒグマにとって嗜好性の高いフキの群生が随所に出来上がり、またヒトがフキの採取に訪れることも比較的多い。
 この沢に沿ったフキの群生地は、少なくとも2004年6月までの数年間、一頭のオス成獣が占有する形で6~7月のフキ食の時期に利用していたが、のちに規定した「準テリトリー」(参照LINK:ヒグマ間に働く力学と準テリトリーの一種であると考えられる。もちろん、このオス個体が年間を通してこのエリアに活動するわけではなく、8月以降、荒川の沢を降りた武利川河岸段丘の防除の施されないデントコーン畑を主たるエサ場としていたが、コーンの刈り取り後、大規模な移動をおこない活動が感知できなくなった。また、6~7月にも、にわかに活動がこのエリアで感知できなくなり、数日後再び戻ってくるという事があった。このことから、交尾期においてもメスを探して大規模な遠征・徘徊をおこなうオスとは別に、拠点エリアを定めて近隣のメスに対して交尾の活動をおこなうタイプの個体があることが示唆された。

 このオス成獣の存在はハンターも私も山菜採りの人もフキ食痕・足跡・糞などの痕跡から認知できたが、荒川流域でこの個体を目撃できた人は私も含め一人もいなかった。クマは確かにいるが問題の起きない状態、つまり、8~9月の降農地を除けば、このオス成獣がヒトと折り合いをつけて安定して問題なく暮らす個体だったと評価できる(※)。
※原則的に、ヒグマの生息地およびその周辺にヒグマの好物となる食物を無造作に放置すれば、それを周辺のヒグマが食べに来るのは仕方ない。そのヒグマに過失や異常性があるとは言えず、過失割合でいえばヒト側の過失がはるかに大きいため、経緯も道理も考慮せず「ヒト側に少しでも被害を及ぼしたヒグマは駆除すべし」のような道内各地の鳥獣行政を容認する道庁の姿勢には賛成できないし、捕獲すべき問題グマとは私自身は認知していない。まず、問題が不可避に生ずるその食物の管理をしっかりおこなうことが肝要だ。

第2段階(空白期)
 2005年6月、荒川の沢でフキを占有して暮らしていたオス成獣の痕跡が確認できなくなった。前2004年の秋に導入された箱罠によって捕獲されたと考えられるが、それに代わる個体の到来も確認できず、クマの痕跡が閑散とした年となった。
 周辺5㎞以内に他個体の活動が幾つか確認されたが、何故それらの個体がすぐさまこの有利と思われる空間に侵入し活動場所として固定させなかったかについては推測の域を出ない。特にメス個体に関しては、心理的成熟が早く、子を産み育てることに特化した特性を獲得する傾向があり、いったん固定化させた採餌場所・活動パタン・行動圏を変えにくい性質があるようにも感じられる。

第3段階(攪乱期)

 2006年5月、荒川の沢上流域で新たなクマを確認した。茶系でたてがみの特徴を持った「荒太郎」と名付けた個体である(06a1)。この個体を確認して2週間以内に立て続けに2頭の小さなクマを同エリアで確認できた(06a2・06a3)。当初の観察でa1はオス・3歳、a2をメス2歳、a3を性別不明2~4歳と推定したが、その後3年間の観察でa1とa2に関しては、a1の前掌幅が15㎝を越え、a2が仔熊を連れて歩くようになったことから、性別の推定が正しく、年齢に関しても概ね正しいと推論している。
 2004年以前の安定期に比べ2006年を比較すると、まずこの荒川の沢エリアのヒグマの活動数の増加が見られ(3倍)、また、もともとのオス成獣の年齢が正確に推定できないが、顕著な若返りが起きたことが明白だった。通常、ヒグマの問題は数の増加でさほど高じない。性質・習性など学習要素によって問題化するが、荒川の沢に見られたような2~3歳へのにわかな「若返り・低年齢化」というのは十分問題となりうる。現にこの年の5~6月の2週間で、調査をおこなう私によって3頭の若グマが視認され、シカ駆除のハンター、山菜採りの人などによって何度か目撃された。
 定性的には、5月に荒川の沢上流域で確認された若い個体が徐々に下流部(人里方向)へ活動域を移動したことから、これらのクマの供給源が人里周り直近ではなく、人里数㎞から外側の空間であると推測できる。


(↑)藪を伝ってベアスプレーの射程にまで接近した06a2とアリを食べに出ていたa1。どちらも、知床の新世代ベアーズと似た無警戒行動をとったが、ヒトに興味を持ち接近したり、興味津々で五感をフルに使ってこちらを探ろうとするなどの点で、ヒトに無関心で関わろうとしない知床タイプとは明らかな差異があり、異なる心理的なメカニズムでこれらの若グマが生じていると考えられたが、知床的な新世代化が起きる初期の段階で、a1・a2に見られる段階あるいは予兆があるのではないかと考える事はできる。その推論に基づき、a1・a2とも追い払い第一期生となった個体だ。

第4段階(リバウンド期)
 捕獲から約2年半後の2007年6月、前年の3頭のうちa2が仔熊2頭を連れて歩くようになった。この時点でa1/a2/a3に仔熊2頭が加わって、活動数は2004年の5倍となり、低年齢化はさらに進んだことになる。この年、仔熊を連れたa2がメスであり、前掌幅15㎝を越えたa1がオスであることが確認できた。a3に関しては性別不明、年齢はa2同様3歳と推定した。

 若返りの問題が露わになったのは特に仔熊を連れたa2によってである。a2は人里から数㎞沢を遡ったフキ群生地で仔熊とともに何度かフキ採りの人に目撃され、慌てた行政は即座にハンターを招集して駆除を依頼した。先述の通り荒川の沢では山菜採りでクマとの遭遇など長年起きていなかったことに加え、「子連れのメスは危険」という風説めいたイメージが行政その他にあっため、行政は異常事態的な捉え方をした。しかし、a2に対して前年より既に一定レベルでヒトへの忌避を刷り込んだ自覚が私にあったため、猶予をもらい私自身が再度この親子のチェックをおこなった。a2のチェックでは2度の遭遇で観察をおこなえたが、遭遇と同時に仔熊ともども一目散に斜面を駆け登って逃げたため「危険性が乏しい」との評価で駆除を取り下げてもらい、代わりにヒグマ生息地での活動注意点をまとめ、理に適った看板を数種制作して要所に立てた。この親子を射殺する合理的根拠は見出せない。山塊のフキの優先権はクマにあり、ヒトがそれを採りにいく場合、その周辺に活動するクマがよほど異常で危険でない限り、ヒトが十分注意して悶着を防ぐ努力が求められる。
 a2単独ならば、いくら経験不足で無警戒な若グマとは言え、そう簡単には目撃もされにくい。しかし、母グマは当歳子の仔熊2頭を置き去りにして逃げにくいことから、単に仔熊をかばって目撃に至ったと考えられる。あるオス成獣の欠落から、その活動エリアの一部で局所的数の増加と若返りが派生させるヒトとの問題はこういうところにも現れる。
 
 
 人里から近い荒川の沢における2004~2007年の約4年間の推移では、あるオス成獣の欠落から2年後に3倍、3年後に5倍に数が増え、つまり、エリアを一定に限定すれば「1-1=5」など、局所的に見たヒグマの数が単純な算術の足し引きに従わないことがわかった。このことから、あるエリアでは、あるヒグマ一頭の捕獲によって「10-2=20」などという数式が成り立つ可能がある。そして、この数式の原理によってのみ、大量捕獲後の丸瀬布における若グマの急激な増加・若グマのるつぼ状態は説明できる。

 断片的な調査データ・観察から、同時期に「いこいの森」を囲む5㎞以内の数カ所で、荒川の沢に見られた捕獲リバウンド現象がほぼ同じ推移で起きたと考えられる。注意深く観察した荒川の沢ほど定量的データはないが、2006年以降現れた現象面から推定するなら、少なくとも「いこいの森裏斜面、51点沢中流域、太平高原周り、マウレ山荘裏斜面、山彦の滝裏斜面(六の沢)」で荒川の沢同様の攪乱が大なり小なり起きたと考えられる。これらのエリアでは、それまで丸瀬布では見られなかった無警戒タイプの若グマが出現し、山菜採り・釣り・草刈りなど里山で活動する人のほか、人里内の観光果樹園で働く人によっても近距離で目撃され、目撃者は「暢気」「おっとりしている」「警戒しない」「逃げない」などの言葉でそのクマを表現した。「いこいの森」はそもそもヒグマの生息地の真っ只中につくられたアウトドアレジャー基地で、その周辺の山塊のヒグマの生息数は従来よりすこぶる健全だが、過去に例を見ないこれらのクマが「いこいの森」を中心としたあちこちのエリアににわかに現れたことから、逆説的に、2004年の大量捕獲に端を発し捕獲リバウンドが「いこいの森」を囲む各方面で同時多発的に起こったと推察できる。
  
 (↑)2008年までのヒグマの認知ポイント(ピンク)と農業被害を与えた出没認知(赤)。ポイントは煩雑になるためかなり間引いてあるが、傾向はこの通りである。


リバウンドの第一次個体の供給源
 2007年に確認された活動個体5頭のうち、このエリア内で産出されたと思われるa2の2頭の仔熊を除き、2006年の3頭の供給源は「いこいの森」からさほど遠くない西側5~10㎞のどこかと考えられたが、その位置や親個体の性質に関しては不詳。ただ、その移動は総じて人里(武利川河岸段丘)に沿った平行移動ではなく、山塊から人里に寄る方向の移動であったと推察できる。何故ならば、平行移動では同時に複数の場所で同様の増加が起きにくく、人里周りの里山で活動数・密度の極端な増加は起きにくいからである。
 また、捕獲によるリバウンド現象が起きたと考えられた上述の荒川の沢・マウレ山荘斜面・太平高原周りに関して、奥山方面10㎞まで調査範囲を広げると、およそ半径5㎞内外のエリアにヒグマの活動が疎な空間が感知されたことから、その空間が主な第一次個体の供給源であると推測はしている。
 
 逆に、その供給源となりヒグマの数が減少傾向を示したエリアでは、その後10年間、繁殖によるヒグマの数の増加が乏しく、2010~2012年、リバウンド時にいこいの森周辺5㎞以内に移動してきた3頭の1~2世代あとのオス亜成獣のうち一部が、供給源となったエリアを中心に活動するようになったと断片的には観察はできるが、いこいの森周辺から分散行動に移ったオス若グマの動向調査も不十分であり考察ができない。
 したがって、「いこいの森」を中心とした半径5~7㎞より外の2004~2015年のヒグマの動向に関しては不確かである。


リバウンド後のヒグマ社会構造とヒグマの性質の推移

 現在まで調査パトロールと各種情報を元に荒川の沢に限らず無警戒タイプの若グマの感知に努め、感知できた個体に対してはマークして追い払いをメインとした若グマの忌避教育をおこなってきたが、2009年以降、目撃・遭遇情報は毎年幾つもあるものの、2017年まで観光客等による写真が一枚も撮られていない。聞き取り調査では「走って薮に逃げた」「目の前を一瞬で横切った」「一目散に逃げるお尻しか見えなかった」などの情報が多数上がっており、すなわち、一定レベル以上にヒトの存在を警戒しているクマが「いこいの森」周辺に活動するようになっていると考えられる。
 捕獲リバウンドによって無警戒タイプの若グマが各所に出始めた2006年から、そのタイプがほとんど見られなくなった2009年までの期間を、若グマ忌避教育の第一期と規定している。第一期には、ベアスプレー、轟音玉、ロケット花火、威嚇弾等によって追い払いをおこなったが、ベアドッグをまだ導入していない。
 その後の2010~2014年を第2期としているが、ここでは逆にベアスプレーを除く威嚇資材を利用を廃止し、ほとんどすべての場面でベアドッグによる追い払いにシフトした。

 教育第一期の2006~2008年に追い払い等をおこない意識と行動の改善をおこなった教育個体のうち捕獲を免れた個体は2010年には6~8歳、2015年には11~13歳に成長しており、特にこのエリアに残留して行動圏をつくるメス個体を中核に、母系伝承による初等教育が達成されていると考えられる。また、このエリアにおいて、若いメスの出産周期は幾つかの事例からおよそ2年と捉えることができ、教育第一期の個体から数えて3世代目の若グマが現在(2016年)単独で活動するようになったと考えられるが、第一期個体への教育効果に加え、その後継続的におこなってきた若グマの忌避教育の効果が累積され相乗効果となって、現在の若グマに影響を与えていると考えられる。「いこいの森」を中心としたその対策エリアにおいてヒグマによる人身事故およびその兆候はこれまで見られず、観光客・キャンパー等によって撮られる写真も皆無を維持していることから、継続的な若グマ教育活動によって「クマは活動するが危険性が乏しい」状態を一定レベルで達成できていると評価できる。

 「いこいの森」周辺における捕獲リバウンド後の2010~2015年、「いこいの森」南方500m以内に毎年8月~10月に20~30頭のヒグマが降りて活動している。最も多い2010~2012年で25~30頭、2015年では20頭前後に落ち着いてきた。この安定化傾向は、大量捕獲があった2004年から約10年でこのエリアの成獣も増え、年齢構成・行動圏配置などが収束しながら少しずつバランスされたためと考えられる。
 捕獲リバウンド現象の初期から無警戒タイプの若グマが生じやすいと観察できているが、それがどういうメカニズムなのかは、一定の推論はあるが十分な説明ができていない。


 上図は、「いこいの森」から武利川右岸に沿った町道上、南500m以内の8~10月のヒグマのライムトラップ(石灰まき)による前掌幅データであるが、武利川東からの降里個体の活動頭数は現認によるチェック、カメラトラップ、ライムトラップのデータを総合して考察した。
 最下段のクママークは2012年の考察で得られたこの空間のヒグマの活動数だが、青がオス、赤がメス、黒が性別不明を示し、a/b/cに関してはそれぞれ親子連れを示している。


補足)前掌幅の変化と変化率
 特に若グマ期の前掌幅と年齢の相関を求めたいが、確定的な定量化はできていない(左図)。オス・メスともにばらつきはあるものの一定の範囲内で相関が見られる。特に3歳までの個体に対しては、前掌幅を計測できても性別・年齢ともわからないが、別の要素で個体同定ができれば、前掌幅の(時間的)変化率から一定の推論は成り立つ。
 ただし、特にオスの場合、ヒトの顕著な成長期にあたる時期が4歳前後で訪れるとも観察される。骨格の成長は、長さ・太さ・形状・密度に分けて考えられるが、この時期に密度・太さに先んじて骨格の長さが急成長するため、体高が増し痩せている印象をもたらすことも少なくない。前掌幅の変化率は通常右肩下がりの曲線を描くが、この時期において、前掌幅の変化率がより減ずると考えられる。



 この前掌幅分布のグラフはサンプリング数が乏しく精度の低いものだが、仮にこのグラフを当てはめると、上図のヒグマCの親子の意味が浮き出る。前掌幅が10㎝台前半のこのメスCは、この年の初産個体と考えられるが、2~3歳で出産したと読み取ることができ、1~2歳で交尾・着床を成功させたことになる。つまり、捕獲リバウンドによって若グマが数㎞レベルの範囲で局所的に増えたエリアでは、初産年齢の低下が起きる可能性が示唆される。それが環境による生態学的な変異なのか、行動学的なチャンスの増加によるものなのかはわからない。が、逆説的に、捕獲リバウンドが起きるような成獣の突発的な減少で、局所的な若グマの高密度エリアが形成され、そこで繁殖率を高めるという種としての生存戦略がヒグマにあってもまったく不思議ではない。
 類推例として、着床遅延はヒグマと比べると無視できる期間にせよ、不自然な状態でヒトに飼われているオオカミの亜種・イヌの場合、野生のオオカミに比べると初産年齢は低く、また、若犬同士を一緒に飼うことによってさらに一年初産が早まるという報告もある。オオカミの性成熟は一般的に最速で2年とされ、ゆえにメスアルファ等の出産可能個体の平均的な初産年齢は3歳(誕生から3年後)ということになる。しかし、複数で飼われているオオカミ率が99%を超える狼犬で1歳出産(0歳10ヵ月の交尾・着床)の例がある。
 つまり、高知能なほ乳類における性成熟は単に生態学的な成熟ではなく、少なくともその発現に関して、環境的・心理的要素が絡んで早まったり遅れたりする性質のものであるという仮説は成り立つ。
 このCanis lupus(オオカミ)の事例・性質をそのままヒグマに当てはめるのは早計である。しかし、両者が高知能で環境によって影響を受けやすく、心理的ないろいろが身体の状態を誘導する性質を持っている、いわば「心の動物」であることから、捕獲リバウンドによって若グマの高密度エリアが形成された場合、性成熟の発現シフト、つまり初産年齢の低下が起きる可能性は否定できない。
 もし仮に、捕獲リバウンドから始まる、低年齢化と密度増加・メスへの性比偏重・ヒグマの生産エリア化が起きた丸瀬布において「初全年齢の低下」が同時に起きているとすれば、このエリアの繁殖率はもちろん高まり、より若年メスによる子育てがおこなわれることになるため、無警戒な若グマがさらに生じやすいと帰結できる。


 あるエリアのヒグマの年齢構成・性比・行動パタン・生息密度・生息数などヒグマの社会構造は、そのエリアの植生・地形・シカの生息数・気象条件などに加えヒトの活動・ヒグマ対応のあり方によって変化するので一概には言えないが、北大雪山塊・丸瀬布における捕獲リバウンド後4~10年後の定性的なヒグマ活動状況は概ね図4の通りである。

    


a)奥山・稜線
 奥山の稜線筋に数は少ないもののオス成獣が拠点を持ち、特に大型オス成獣は季節によって山塊内を大規模に移動するが、初冬の痕跡調査より冬眠穴は稜線筋の本拠に持つと考えられる。うち一部個体は8月中旬~10月の人里内デントコーン農地にまで降り農作物被害を及ぼすが、箱罠による過去の学習効果でトラップシャイに陥っているためこの時期に農地周辺で捕獲されることは2008年以降希である。
 大型オス成獣が刈り取りの遅れた10月のデントコーン農地脇の箱罠によって捕獲されるのは、「秋の大縦走」と呼んでいる大型個体が木の実を大規模に移動しながら食べ歩く時期(およそ10月)に、デントコーンに依存する習慣がないにも関わらず、この時期まで刈り取りがおこなわれず残されたデントコーン農地の箱罠によって捕獲されるものと推測できる。2004年の箱罠導入年の観察により、はじめて箱罠を見たヒグマが捕獲される率は、概ね50%程度と考えられ、警戒心が強いはずの大型オス個体さえ捕獲されるケースがある。
 奥山・中腹において、メス個体が一定レベルで存在するため、若グマの産出もいくらかはある。ただし、大量捕獲から13年経った2017年現在、奥山のメスは総じて大型で高年齢と踏査の結果からは推測できている。


b)河川・人里周り
 かつては秋になると累々とサーモン(シロザケ)が遡上するエリアだったため多くのヒグマが活動する場所であったことが推察できるが、現在では経済資源として重要なサーモンは下流部で遡上を阻止され、また大農法を基調とした農地が河岸段丘全体に広がりヒトの恒常的活動域となっているため、ヒグマの活動は疎外されがちである。しかしながら、ヒトが人里を自らの占有空間としてヒグマに対して誇示する方法は普及しておらず皆無であることに加え、バイオエタノールの世界的高騰が起因したデントコーンの自家栽培増とそのデントコーンに対する防除(電気柵)の普及の遅れ、そしてここで述べてきた捕獲リバウンド現象によって、人里周りのヒグマの生息数は多く、年齢構成は総じて低年齢化している。

 また、2009~2013年の「いこいの森」から半径5㎞以内のエリアのヒグマの性比に関してはメスの比が高いと観察できる。これは、増えた若グマのうち、心理的な成長が進み4歳前後となったオス若グマの一部が、自立心・自信・警戒心そして優位性等を得つつ広く分散行動に移るからと考えられるが、この動向には次の段階があり、延々メスの性比が高い状態が続くとは考えていない。

 捕獲リバウンドが起き若グマが増加したエリアにおけるヒグマの繁殖率はシカと同等で、繁殖可能なメス一頭に対して概ね1頭/年であり、上述の「初産年齢の低下説」が加わると、2005年以降の丸瀬布の状況においては、ヒグマの繁殖力がフルに生かされ繁殖率は「非常に高い」ということができる。
 上記の前掌幅分布グラフの2012年詳細では、この年にいこいの森直近南500m・東側で活動していた15頭ほどのヒグマのうち、3頭のメスが計5頭の仔熊を連れて歩いているが、例年、当歳子連れのメス個体が1~5頭現れ、捕獲リバウンド後のこのエリアにおける当歳子連れのメスおよび仔熊の数は、min1組2頭・max5組8頭の間で推移した。
 あるエリアのヒグマの活動数というのは、1.繁殖による生産数、2.他エリアからの移動、3.他エリアへの移動、4.捕獲数=捕殺・射殺数、5.自然死(寿命や争い・病気・事故等による死)、6.交通事故死のバランスで決まるが、これらは必ずしも独立した変数ではないため、活動総数の論理的考察は簡単ではない。

 ヒグマの潤沢なる生産エリア(繁殖エリア)が人里を取り囲むように隣接して存在し、なおかつその母グマが比較的若い個体であることが多いため、そのメスが産出する若グマはさらに無警戒タイプになることが多く、「いこいの森」並びにその周辺エリアの安全性確保のために、今後なお教育の継続は必要不可欠と思われる。


c)中腹斜面
 丸瀬布が林業立地の地域であったため過去における伐採事業の影響が色濃く現れる。結果、必ずしも中腹斜面のヒグマにとっての生息環境は好適とは言えないが、ヒグマの利用できる植生が回復してきているエリアも増え、数は多くないものの繁殖も一定レベルでおこなわれているようだ。人里周りで誕生したオス個体が亜成獣の末期(4歳前後)に分散をおこなう主要エリアとなってもいると推察できる。捕獲リバウンド直後、いったん生息数を減らしたこのエリアのヒグマの活動は、その後10年間微増傾向にあり、人里周り(直近5㎞以内)に比べ、速いスピードで2003年以前の状態に回復しているようだ。



ヒグマの動向予測とめざす方向
 まず、無分別な捕獲によってヒグマ不在の空間を空けてしまったことによって起きた現象が捕獲リバウンド現象だとすれば、また無闇なヒグマの捕獲を続けても堂々巡りで問題が解消する事はない。
 私自身、上述の荒川の沢に関して、周辺のヒグマの生息状況を加味して捕獲のシミュレーションをおこなったが、もし仮に捕獲一本槍を続けた場合、荒川の沢エリアのヒグマの生息数は高止まりし、人里側でクマ用の電気柵が普及しない限り農業被害も高いレベルで続くと推測できた。
 逆に、ここのクマをできるだけ生かしていく方策をとった場合、無警戒化さえ食い止めることができれば、観光エリアの安全性を一定レベル以上に維持したまま、2003年以前の状態に近く戻すことができると踏んだ。その状態に安定するまでには、すでに殺してしまった前掌幅17㎝同様、ヒトの活動する間近で上手にヒトを避けて問題を起こさないように暮らすことのできるオス成獣が不可欠だが、それが出てくるまでにかかる期間は不確定だ。ただ、いったんそういうオスが拠点としてここに構えてしまったら、そのオスが生きている20~30年の期間、このエリアのヒグマ社会は安定的に推移し、観光客等へのリスクも最小限にできる。必要なことは、ヒトとの折り合いをつけられるよう教えることと、それを学んだ個体を殺さないことだ。つまり、生かすために教え、リスクを極小にするために生かす。その方法しかない。



補足)ヒグマの有害捕獲数(許可捕獲)




 この年、ヒグマの捕獲数が10頭を越えた市町村は、道南方面4件(八雲・厚沢部・乙部・せたな)、上川5件(芦別・士別・富良野・南富良野・占冠)、オホーツク4件(北見・斜里・遠軽・滝上)、日高2件(新冠・様似)、十勝5件(帯広・芽室・広尾・足寄・浦幌)で、道内273市町村のうち7.3%にあたる20市町村。うち20頭以上の捕獲があった市町村は全体の1.4%にあたる4市町村だが、八雲町21頭・芦別市21頭・斜里町23頭・遠軽町30頭と、やはり遠軽町が突飛なヒグマ捕獲数を記録している。
 世界遺産知床半島を含み北海道でも最もヒグマとヒトの軋轢度合いが大きなオホーツク振興局管内だが、その中でも遠軽町は今世紀に入って圧倒的なヒグマ捕獲数を維持しており、その捕獲数はさらに増加傾向にある。この捕獲数動向は遠軽町のヒグマ生息数が多いからではなく、対策の不合理性が原因であると考えられる。(左図・2007)










 Sel
12+240+(18+780+18)+12=1080  780=28+724+28

+
Copyright (C) 2014 higumajuku. All Rights Reserved.
down
site map   プライバシーポリシー   特定商取引法に基づく通信販売業者の表示――― powerd by higumajuku