since2004
 

 対策その1:不用意な誘因物の除去

 基本的に食物で動くヒグマだが嗅覚が鋭敏なため、特ににおいを強く放つエサ類は可能な限り撤去した。ポイ捨てのゴミを拾う作業、交通事故死したシカ死骸回収のほか、昨今増えたシカ駆除に絡む回収不能個体(手負い死亡個体)の除去に努めた。ポイ捨てのゴミをヒグマが曝いた跡や土饅頭化したシカ死骸が見られたが、特に危険なシカ死骸の撤去作業に際しては2010年からは必ずベアドッグ(後述)を伴わせている。(地図B中のが同期間中のシカ死骸の回収現場)

 従来よりヒグマ関係で何かあればとにかく形式的に「箱罠でも置いておくか」程度の行政センスからくる危険な箱罠設置が目立った。2009年には「いこいの森」に隣接する農地脇にシカ死骸を誘因餌とする箱罠が設置されたが、観光客・キャンパーが歩き回るど真ん中だったため、これに関しては鳥獣行政担当者に働きかけ即座に撤去してもらった。夏期には南寄りの風が吹くことが多く、特に「いこいの森」の南側に箱罠を設置する危険性は大きい。(地図B中が箱罠設置箇所) 箱罠内のシカ死骸に誘引されるヒグマが「いこいの森」をかすめて通る可能性、シカ死骸の近隣に複数頭のヒグマが寄った場合のヒグマの攻撃性、また、親子連れの仔熊だけが罠にかかった場合の母グマの行動パターンなども懸念された。(→「箱罠は是か非か?」
 一方でシカ死骸を必死に感知し撤去しているその横に、シカ死骸を仕込んだ箱罠を設置するようでは、まっとうな対ヒグマ・リスクマネジメントはおぼつかない。

 2012年、「いこいの森」周辺の観光エリアの「ヒグマ対策連絡会」発足に伴い、丸瀬布の鳥獣行政にも、十分な判断なしにこのエリアへの箱罠設置は回避してもらうよう理解を得、箱罠設置は本当に必要なケースで連絡会の認知の元おこなうこととした。



 対策その2:電気柵(電気牧柵/電牧/パワーフェンス)

 ヒグマ用電気柵として「いこいの森」外周に採用したのは、一重三段(20-40-70p)のポリワイヤー。電圧は、十分余裕のある電牧器でひと夏8500〜9000ボルトを維持し続けてある。高張力ワイヤーを用いなかったのは、縦断する武利川と道道武利線が電気柵の弱点となるため、不用意にヒグマが「いこいの森」内に侵入してしまった場合、逃げる猶予を与えるため。電気柵を学習したヒグマは、自発的に電気柵を越える可能性は低いが、威嚇・威圧でしっかりストレスをかけ内側から追い払われる場合は勢いで突破する可能性が高い。
 2010年「いこいの森」の東側(約1.3q)、2011年西側(約1.2q)に電気柵が回され、「いこいの森」内への進入個体は見られなくなった。朝夕にキャンプ場内から、もしかしたら斜面を歩く若グマが目撃できるかも知れないが、周辺のヒグマ間には順調に電気柵への忌避心理が広がっていると思われ、その目撃をもって特別危険な状態とは判断できない。


写真1                             写真2
写真1:「いこいの森」内散策路(東側)。ヒグマ注意喚起看板には「出没」ではなく「生息」という言葉を選択し、「この周辺の山はヒグマ生息地」などとした。また、どぎつい色や子供騙しの恐ろしげなヒグマの顔はやめて、ごく普通に歩いているヒグマのシルエットをデザインした。無闇にヒグマを恐がる前に、冷静にこの動物を受け止めて欲しかったからだ。配色は、頭の中に残っていたカナダだったかのクマ看板の模倣だ。
写真2:クマ出没で例年閉鎖される町道(南側)。ここから先300mほどの間を、一晩に10頭ほどのヒグマが横断し、また歩く。この閉鎖町道で若グマに様々なストレスを加え、「いこいの森」からヒグマのルートを遠ざけている。

 いこいの森の電気柵には二つの目的が担わされている。
 一つは、もちろん、このキャンプ場施設の中にヒグマを入れないための「防除フェンス」。これは上述の通り。そしてもう一つは、周辺のヒグマに電気柵を好ましく学習させるための「教育フェンス」。「いこいの森」への電気柵導入は、専門家も交えて設置方法から資材選定まで吟味してあり、メンテナンスを完全におこなうという大前提で進められてきた。つまり、その完全な設置方法とメンテナンスの電気柵ならば、教育フェンスとして十分機能する。
 もし仮に、このエリアの農地に施された電気柵がヒグマに適した設置方法であって、なおかつメンテナンスが十分ならば、このような教育用フェンスを改めて考える必要はない。しかし実際は、現段階でヒグマ用電気柵の普及率はゼロで、普及が進んだシカ用電気柵であっても、十分メンテがされないケースがほとんどだ。結果、電気柵というものが、ヒグマに舐められている状況に陥っている。それは、ヒグマによるフェンス下の「掘り返し」が頻発していることからも自明だ。
 このケースでは、何らかの方法で周辺のヒグマを教育しなおす必要がある。その切り札が、ここに設置された一石二鳥の電気柵だ。・・・・・起死回生の一手だが、苦肉の策でもある。
 

 対策その3:バッファスペース(バッファゾーン/緩衝帯)

 電気柵と同時に要所にバッファスペースを配置した。「いこいの森」に近い従来のヒグマの移動ルート・潜み場所の下草を刈払い、20〜100mの幅で可能な限り見通しをよくした。
 左写真は、「いこいの森」に隣接するカラマツ林内に作った幅80mほどのバッファスペース。この林は若グマがうろちょろする定番のエリアだったが、現在は閑散としている。バッファスペースは、それ単独で効果が薄くても、電気柵と併用することで効果はきっちり現れる。

 「いこいの森」に隣接するデントコーン農地にはヒグマ用防除が施されておらず、当面ヒグマの降農地を完全に阻止することができないと判断されたため、絶対に通って欲しくない場所にバッファスペースを配置すると同時に、その外側に意図的に薮を残し、ヒグマを外側へ誘導した。これはあくまで変則手だが、現在のところ、こうして少しでも「いこいの森」からヒグマを遠ざけるしかこのエリアでの不特定多数のヒトの人身被害の危険性を減少させる術は見当たらず、また、電気柵の開いた弱点にヒグマが接近しないよう工夫するしか策が見当たらない。

 写真の手前の白いヒモが電気柵のポリワイヤー。その向こうのカラマツ林の下草をきれいに刈り取りバッファスペースがつくられているが、もともとここはフキやイタドリ・小径木で鬱蒼とし、例年ヒグマがこの林を歩き回り、ときには日中も休憩していたが、この方策によりすべてのヒグマはここを敬遠し完全に出没しなくなった。

 バッファスペースと電気柵の配置、それに加えベアドッグを伴ったパトロールや追い払いなどは、全部ひっくるめてひとつのシステムだ。予算も人材も潤沢にあれば強固でどんな状況に対しても磐石なシステムを作ればいいが、実際はどちらも限られた中でやらないくてはいけないので、ヒグマの頭数に限らず、相手の出方を見てこちらの構えを臨機応変に変える。将棋を想像してもらうといい。矢倉囲いの金銀・角にあたるのが電気柵や追い払いだが、ヒグマの動向をできるだけ緻密に把握しておいて、それに適した形にこのシステムを変えて対応する。だから、電気柵資材も予備を揃えてある。どのような構えをつくるかは、知恵や工夫・発想力の出しどころ。ある意味、情報戦であり、読みの勝負だ。

 ここ数年、観光行政とともに電気柵設置を要望してきたデントコーン農地がある。そこが多くのヒグマのバイキング会場の様相を呈していたが、2012年、その農地に電気柵が回される見込みになった。これが実現すれば大前進だが、この電気柵によってヒグマの動向がガラッと変わる可能性がある。恐らく、この農地に降りる習慣を持ってきた若グマが右往左往することもあるだろう。その動向変化をいまから読んで、今年と異なる電気柵のルートとバッファスペースの構えを来夏までにつくる。そしてクマの出方を待ち、また変幻自在に構えを変えて対応する。そんな感じだ。

バッファスペースは緩衝帯とも呼ばれ、これのみで機能するというよりは、他の方法と合わせることによって効果が増すと理解すべきかも知れないが、道南方面のテストでは、道脇の薮を刈り払い単独でバッファスペースを設置したことにより、ヒグマの出没が1/4に減った事例がある。特に人里周りでは、警戒心の強い野生動物ほど薮や林などをブラインドとして使い移動する傾向が強く、ヒグマはまさにそのタイプ。特にササなどの薮がはびこった植生に暮らす北海道のヒグマは、「潜む戦略」を多用しながら、薮が自分にとって有利なものと学習しているものだ。
 バッファスペースとは逆に、人里およびその周辺に「バッドコリドー(悪い回廊)」と呼ばれる薮や手入れのされない林が残っている場合がある。これは、グリーンコリドー(緑の回廊)・ワイルドライフコリドー(野生動物回廊)をもじってそう呼ばれるが、ヒグマはこのバッドコリドーを伝って降里・降農地をおこなう場合が多い。昨今北海道でも増えつつある市街地に出没するヒグマの多くも、この薮を巧みに用いて歩いているうちについつい市街地に接近していることが多いように思う。この場合、「突然クマが出た」と人に思わすことになり、一部ではステルスグマなどと呼ばれることもあるようだ。バッドコリドーをなくしバッファスペース化しヒグマに移動ストレスを加えることで、降里・降農地の数は一般的には減るが、現在では、通常バッファスペースは電気柵と併用し要所要所につくられる。この合わせ技によって効果的にヒグマの出没は抑えることが可能だろう。

 さて、ここからはさらに進んだ応用編だが。
 じつは、河岸段丘に沿ってできた人里・農地帯の場合、ヒグマの出没を消すだけでは不完全というのが私の考えだ。例えば30qに渡って細長い人里・農地帯ができている場合、そこを完全に防除してしまうと、人里・農地帯が一つの大きなフェンスとして機能してしまう。ところが、ヒグマの中には、どうしてもそこを横断したい個体がある。特に分散行動をとる若いオス熊などがいい例だろう。そのクマは、無理矢理人里・農地帯を横断をしてくるか、あきらめてUターンするかだが、前者はヒトにとって、後者はクマにとって、まあどちらもいいことではない。
 そのような場合、バッファスペースとバッドコリドーを巧妙に配置し、加えて電気柵・デジタルセンサーカメラを適宜併用して、クマをある程度把握しながら安全に誘導する。国道や鉄道にはある程度の幅で立体交差を設け、人知れずそこを横断するように仕向ける。現在、まだ北海道ではそういうところまで意識が進んでいないと思うが、これが本来のワイルドライフコリドーの考え。別に農地開発によって縮小・分断した野生動物の生息地をつなぐだけではない。
 30qの中山間地域の人里なら、数カ所、こういう意図的なルートをこちらでつくってやる。その誘導原理としては、エサや食欲ではなく、この動物の持つ警戒心を使うところがミソだろう。現在のように、エサで人里内に誘導する形は好ましくない。
 私のエリアでは、ここ数年、毎年何頭かはヒグマがクルマにはねられ、その一部は即死する。コリドーの考えを緻密に人里周辺に実現していくことで、このような事故もなくなるだろう。ヒグマのコントロールとは、単に磐石なフェンスで止めるだけでなく、このようにヒト側の意向も踏まえつつヒグマの側に一定の自由を残して「そこを歩かす」という発想があっていいと、私は思う。




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